イライラ


どうも最近イライラする。
いつものように仕事をサボって昼寝をしても心地よい眠りが訪れない。
愛用のアイマスクを被りつつ柱に身体を預けてはいたが、イライラという気持ちはいまだに晴れない。
「総悟ぉーーーーっ!どこ行きやがった!!」
遠くから俺を呼ぶ憎らしい声が聞こえてきた。
いちいち返事をしてやる義理はないから無視する。
俺のイライラの原因のいったんはぜってぇあの野郎に違いない。
前ならあの野郎のマヨ隠したり、マヨに大量のわさび仕込んだり、通り道に落とし穴仕込んだりと、俺がした嫌がらせに、あの野郎がわめき散らしてくれればそれなりにイライラが解消された。
でも今はダメだ。
どんなに嫌がらせをしても気が晴れない。
正面きってバズーカ打ち込んだり、刀で斬りかかってみたりもしたが、やっぱりダメだった。
もっと過激な嫌がらせの方がいいのかもしれねぇな。
俺が作戦を考えていると、それを妨げるようにどたどたと大きな足音がした。
「総悟!てめぇ、こんなところでサボりやがって!!さっさと起きろ!!」
土方コノヤローが俺の頭殴りやがった。
寝てねぇんだよ、バカ野郎。
ポカポカ殴りやがって…!
絶対マヨのストック全部捨ててやる。
そう決意しつつアイマスクを外すと、盛大に眉間に皺を寄せている土方さんが目に入った。
「なんでぃ、うるせぇなぁ」
「見回りの時間だろうが!!」
「迷子になるわけじゃねぇんだから1人で行きなせぇ」
そう言って再びアイマスクを被ろうとすると、土方さんがそれをひったくった。
それを握り締めつつ、俺への怒りで肩が震えてやがる。
「総悟くん?お前は何年、見回りやってるのかなぁ?巡回は2人1組って決まってるよねぇ?」
土方さんがわざとらしい言葉遣いでヒクヒクと米神をつらせながら俺に言ってくる。
あぁ、なんかホントイライラすらぁ。
「イライラするから死ね、土方コノヤロー」
「今すぐ俺が殺してやるからてめぇが死ねぇ!!」
土方さんがそう怒鳴りながら鯉口を切って刀を振り下ろしてきた。
ひょいっと軽く避けつつ、俺も刀を振りぬく。
二人で真剣でやり合っていると、騒ぎに気付いた近藤さんが呆れたように声をかけてきた。
「おいおい、二人とも遊んでないで仕事しろよ?」
その言葉に土方さんが近藤さんを振り返った。
「近藤さんからもなんとか言ってくれよ!」
「どうした?」
「総悟が仕事しねぇんだよ」
「はっは!まぁトシ。たまにはいいじゃないか。総悟も反抗したいお年頃なんだよ!」
「こいつは出会ってからずっと俺に対しては反抗期だよ!」
「ははっ!それもそうか」
「いや、笑いごとじゃねぇんだけど!?」
そう話す二人を眺めつつ、俺は刀を鞘に戻す。
土方さんの言う通り、俺の中で土方さんに対する感情はいつだって「ムカツク」だった。
あの野郎は出会ったときから気にいらねぇ。
近藤さんが連れてきた単なる通りすがりの野郎のくせして、結局道場に居座って、今もなお近藤さんの隣に立っている。
近藤さんの隣には俺が立つはずだったのに。
イライラの原因はやっぱりそれか?
現に土方さんと近藤さんが話してると妙にムカツクし。
元々考えることは嫌いな性質だ。
考えるより行動に移した方が早ぇ。
バズーカを取り出して土方さんに向けて撃った。
爆音の後、あたりに目を凝らすと上手く避けた土方さんが俺の目の前に立った。
「てめぇ!なんのつもりだ!!」
「近藤さんに近付くんじゃねぇ、死ね土方」
「元はといえばお前が!!」
「あぁ、うるせぇ。巡回行くんでしょ?置いて行きやすよ、土方さん」
ギャーギャーと土方さんはホントにうるせぇ。
いつだって怒鳴り声しか出ねぇんじゃねぇかってぐれぇ、うるせぇ。
俺は刀を腰に携えて門へと向かう。
背後でブツブツ言いながら俺の後ろをついてくる土方さんの気配がした。
それだけでなんとなくイライラが少し治まったような気がした。


土方さんと並んで巡回をしていると、聞き覚えのある声が遠くからしてきた。
「あーっ!多串くんだぁー」
そのだらけた声と同時に隣の土方さんから舌打ちの音がした。
土方さんは少し歩みを速めたが背後から腕を取られた。
「多串くん。団子奢ってくれ」
土方さんを引き止めたのは銀色の髪をした自称万事屋のプー太郎男。
糖尿病寸前らしいのに土方さんを見かけると必ず糖分をせびっている。
「てめぇ毎日毎日しつけぇよ」
土方さんが左右の腕を取られつつ深いため息をついた。
っていうか今、毎日とか言いやがったか?
「万事屋の旦那。あんた土方さんに毎日たかってるんですか?」
土方さんの腕を引きつつ腰に手をやっている旦那に声をかけた。
そしたら旦那は今初めて俺の存在に気付いたかのように驚いた顔を見せた。
「あれ?総一郎くんだ。いたの?」
「総悟でさぁ。いたら何か不都合でもあるですかぃ?」
「いや、別にねぇよ?てか多串くんの財布さえあれば後はどうでもいい」
「てめぇは俺のヒモか!!働け!ろくでなし!」
「働いてますぅ。でも実入りが少ないんだからしょうがねでだろ。だから奢れ。この税金ドロボー」
「あぁ!?税金も払ってねぇやつに言われたかねぇんだよ!」
巡回の途中だというのに、土方さんが旦那と口喧嘩を始めた。
またイライラしてきた。
なんでだ?
近藤さんの時と同じようになんかイライラしてきやがった。
バズーカもってくりゃぁよかったねぃ…。
ぼんやりと土方さんの背中を見つめる。
幼い頃もよくこうやって近藤さんと話す土方さんの背中を見つめていた気がする。
でも大抵、俺が我慢できなくなって二人の間に分け入ってた。
土方さんの長い髪を引っ張って。
すると土方さんが怒って俺の方を振り返って近藤さんとの会話を終わらせることが出来た。
いつだってそうやってたのに…。
あの野郎が髪切っちまったから引っ張りようもねぇ。
土方さんの髪は指通りのいい綺麗で手触りのいい髪だった気がする。
最近、触ってねぇからあんま覚えてねぇや。
どんなだっけ?
ふと思いついて俺は背後から土方さんの襟足に触れた。
首筋にかかる黒髪を項から後頭部にかけて指に絡める。
柔らかくは無いが張りのある艶やかな髪。
そういやこんな感触だったな。
その感触を確かめていると、先ほどから土方さんが身動きしていない。
絡ませていた指を止めると、土方さんが少し俺の方へと顔を向ける。
「そう、ご?」
なぜか訝しげに名前を呼ばれた。
「なんでぃ」
「いや、聞きたいのはこっちだ。何の用だよ」
「別に用なんかありやせんけど?」
「じゃぁなんで俺の髪触るんだよ」
「ただ触ってみたかっただけですぜ」
俺が素直にそう返すと、土方さんは何故か固まった。
なんか悪いもんでも食ったのか?この人ぁ
「触ってみたいって総一郎くん、大胆だねぇ」
旦那が間延びした声でそう言ってきた。
…そういえばそうだな。
何で俺は土方さんに触りてぇなんて思ったんだ?
思わず考え込んでいると、土方さんの前にいた旦那が手を伸ばした。
「俺も触りてぇから触っていい?」
「「ダメだ(でぃ)」」
俺と土方さんの声が重なった。
「なんでだよ。つーか、総一郎くんにダメ出しされる謂れはねぇんだけど?」
確かにそうだ。
俺がとやかく言うことじゃねぇ。
でもなんとなく気にいらねぇ。
「ダメなものはダメでぃ」
「だから何で?」
旦那の言葉に、“俺のモンだから”と思わず口に出そうになった。
でも、別に土方さんの髪は俺のモンじゃねぇよな。
そう思い直し土方さんに答えを丸投げすることにした。
「土方さんだってダメだって言ってたじゃねぇですか」
俺がそう言うと旦那は土方さんに向けて尋ねた。
「多串くん。なんで?なんで総一郎くんは良くて俺はダメなわけ?」
土方さんは苦虫を潰したように渋い顔をしつつ、煙草を咥えなおした。
「別に総悟に許可したわけじゃねぇだろ。勝手に触って来ただけだ。」
「ふーん。じゃぁ総一郎くんが触っていいか?って聞いたら触らせないわけ?」
旦那の言葉に土方さんはふと考えこむ仕草を見せた。
そしてブツブツと呟きだす。
「そもそも総悟が許可取るってのが想像つかねぇな。昔っからよく引っ張られてるし」
「そう言うことじゃなくて嫌かどうかっていう質問なんだけど?」
考え込んでいる土方さんに旦那がそう尋ねると、土方さんは思考から浮上しつつ即座に「あ?別に嫌じゃねぇけど?」と返した。
「じゃぁ俺は?」
自分を指差しつつそう尋ねる旦那に土方さんが盛大に顔をしかめた。
「嫌だ」
「何で!?何で即答で嫌なわけ!?」
「いやなんとなく。もともと髪に触られるの好きじゃねぇんだよ」
「じゃぁ逆になんで沖田くんはいいのさ!」
旦那の奴いつのまにか沖田くん呼びになってらぁ。
必死だねぃ。
なんで土方なんかの髪に触りてぇんだか。
まぁ俺もさっきは触りてぇって思ったけど、俺のは昔を思い出したからだしな。
二人の成り行きを見守っていると土方さんが必死な旦那を怪訝そうに見つめた。
「いいっつーか、総悟には昔から触られてるから気にならねぇだけだ。ん、でもそういや久しぶりだな。お前に触られたの」
土方さんがふと思い出したように俺に問いかけてきた。
「あんたが髪切っちまったからでしょう。掴みやすくてちょうど良かったってぇのに」
「俺の髪は綱じゃねぇんだよ」
土方さんが苦笑してそう言った。
その顔を見てたらなんとなくさっきまでのイライラが治まってる気がした。
いや、髪に触ったからか?
よくわかんねぇや。
「おたくらさぁ」
旦那がうろんげな目で俺たちを見つめつつ言葉をかけてきた。
土方さんと俺が続きの言葉を待っていると旦那はだるそうな口調で続けた。
「それって無自覚?」
それがどれだかわかんねぇ。
旦那の要領の得ない質問に俺は首を傾げるしかなかった。
土方さんもそうだったのか「それってどれだよ」と旦那に尋ねていた。
「…いや、いいわ。なんかあんま深入りすると馬に蹴られる気がすっから」
「はぁ?」
土方さんがそう尋ねても、旦那は深いため息をついて肩を落とした。
「多串くん、けっこう銀さんのタイプだったのになぁ」
そこまで言うと落としていた肩を上げ、突然笑顔になって土方さんに向かって言った。
「まぁでも、おたくらなんとなく先は長そうだから銀さん頑張るし!」
「何をだよ」
「銀さんいるから沖田くんと上手くいかなくても大丈夫だからな!」
「だから何の話だ」
脈絡の無い旦那との会話に苛立ちを感じ始めたらしい。
土方さんの眉間に深い皺が寄っている。
それを間近で見ていた旦那が笑いながら「皺のまま固まっちまうぞ?」と言って土方さんに向かって指先を伸ばす。
それを見た俺は反射的に土方さんの腕を引いて土方さんを旦那から遠ざけた。
旦那がムッとした顔でこちらを見る。
「何のマネ?沖田くん」
「別になんとなくでさぁ」
そう答えるしかなかった。
ホントにただなんとなく土方さんに触って欲しくないだけだ。
特に理由はねぇ。
俺の答えが気にいらねぇのか旦那がいまだに俺を睨んでくる。
そんなに土方さんに触りたかったのか?
「っていうか旦那、何で土方さんに触ろうとするんですかぃ」
「何でって…。好きだからに決まってるじゃん?」
旦那が何故かニヤニヤとしながら俺に向かって言ってきた。
好きって何が?
土方さんに触るのが?
それとも土方さん自身がか?
隣の土方さんを見ると、きょとんと無防備な顔で旦那に視線を向けている。
そのせいで俺と視線が合わない。
当たり前のことだけど、なんだか気に入らねぇ。
…なんでだ?
別に土方さんが誰を見ようと、誰と話そうと俺には関係ねぇ。
それに土方さんが誰に触られたって土方さんが気にしないなら別にいいはずだ。
でも…俺は嫌だ。
その理由は…
「どうした?沖田くん?」
旦那がそう俺に尋ねる。
それにつられるように土方さんが俺の方へと視線を向けた。
待ち望んでいたその視線が今はなんだかいたたまれない。
…俺は、土方さんが好きなんだ。
近藤さんと話す土方さんを見てイラつくのも。
旦那と口喧嘩してる土方さん見てイラつくのも。
土方さんを誰にも触らせたくないって思うのも。
全部、俺が土方さんを好きだからだ。
「…総悟?」
突如出された答えに、思わず固まった俺を土方さんが少し心配そうに覗きこんでくる。
目の前にある土方さんの顔に自分の顔を近づけて軽く口付けた。
「なっ!」
土方さんが瞬時に顔を赤くして離れる。
「ちょっと沖田くん?急になにかましてくれてるわけぇ?」
明らかに不機嫌そうな声の旦那の方を見ると、いつもやる気のない目に苛立ちが映っている。
きっと最近の俺もあんな目をしてたんだろう。
「旦那、団子奢ってあげましょうかぃ?おかげで良いことに気付けたんで」
「ちょ、待て総悟。まず今の行動について説明しろ。そして俺に謝れ」
顔の赤みを手で隠しながら土方さんが俺に向かって言う。
「謝りやせん」
「はぁ!?」
「これからことあるごとにしてやりまさぁ。あんたが俺からキスされるのが気にならなくなって、俺以外にされるのが嫌になるまでねぃ」
そう言いながら土方さんの首もとの白いスカーフを握り、引き寄せる。
今度はさっきより深く口付ける。
「んっ…っふ…ぁ…や、めろ!」
土方さんが俺の胸元を力を込めて押し、身体を引き離す。
「て、め」
口元を拭う土方さんに俺はすかさず尋ねる。
「嫌ですかぃ?」
「はぁ!?」
土方さんが大きく目を見開いて驚く。
普通、男にキスされたら嫌なことは確実だ。
でも俺には確信があった。
土方さんにとっても俺は特別だ。
これに気付けたのも旦那のおかげってのがちょっと気にくわねぇけど。
もう一度、土方さんに念を押すように尋ねる。
「俺にキスされるの、嫌ですかぃ?」
俺がそう尋ねると土方さんは困惑したような表情を浮かべている。
「嫌、っつーか、される意味がわかんねぇ」
「嫌じゃねぇならいいですよねぃ」
「そういう問題か!?」
まだ何か言いたそうな土方さんを無視して俺は旦那に向き直る。
目の前で濃厚なキスシーンを見せ付けられた旦那の機嫌は悪そうだ。
今度は俺がニヤリと笑みを浮かべる番だ。
「ってことで、旦那。二度と土方さんには触んねぇでくだせぇ」
俺の言葉に旦那は不機嫌そうな顔をいつものやる気のない顔へと変えた。
そして余裕ぶって笑みを浮かべる。
「どういうことか俺には解んねぇし、関係ねぇからよ。でも今度、団子は奢ってくれよなぁ」
そう言うと手をヒラヒラと俺たちに向かって振りながら俺たちの横を通り過ぎた。
やっぱ旦那は食えない人でぃ。
「俺もさっぱり意味がわかんねぇんだけど?」
旦那の背を見送っていると、隣の土方さんが俺に声をかけてくる。
「そのうち解りまさぁ。巡回行きやすぜ」
そう言って俺が足を進めると、土方さんもブツブツ言いながら俺のあとをついてくる。
屯所を出たときと同じ状況だったが、心境が全然違う。
イライラの原因の一端は確かに土方さんだ。
でも土方さんの存在が気にいらねぇわけじゃない。
土方さんが俺を見ないことが気に入らなかったんだ。
昔も、今も。
それさえ解れば、土方さんにする嫌がらせの方針も変えざるを得ねぇ。
いろいろこれからの事を考えていると、俺の隣に並んだ土方さんが訝しげに言った。
「なに企んでやがる」
「はい?」
「ろくでもないこと考えてますって顔してんぞ?」
相変わらず勘がいいねぃ、この人ぁ。
でも教える気はねぇ。
「これからのお楽しみでさぁ」



   END
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