アリウム


「あー寒ぃ。銀時、熱い茶ぁ入れてこいや」
ちょうど自身の前へと座り、背を丸めながら命令口調でそう告げてきた高杉に「断る」と一言で返した銀時は自身も炬燵に入って足を暖める。
そしてテーブルの上にチラシを広げ、そこに向けて赤い袋を傾け中身を出した。
コロコロといくつかの物がチラシからはみ出ていくのを指で止め、そのまま爪の先で滑らかな皮の真ん中を突き刺す。
そんな銀時の動作を高杉がテーブルに頬を付けたまま見上げてきたので「お前も食う?」と声をかけてみる。
「手が寒ぃからいらねぇ」
「もったいねぇなぁ。炬燵といったら蜜柑か甘栗だろ?」
パキリという音とともに広がった切れ込みへ爪先を入れて皮を捲ると、中からツヤツヤとした栗の実が顔を出した。
指で摘まんだそれを口へと放り込み、程よい甘さを楽しむ。
その間も高杉は寒い寒いとしきりに繰り返していた。
「大袈裟な奴だな。炬燵に入ってりゃあったけぇだろ?」
「くそ寒ぃ。暖房入れろや」
「節約だ。嫌なら出てけ」
「あぁ?俺だって家賃払ってるだろうが」
「つーかお前は元々ここに住む予定なかっただろ?」
「女といるより楽だからな」
そう笑いながら高杉は一つしかない瞳を瞼の中へと隠した。
そんな姿に銀時は小さくため息を漏らす。
銀時が住むこの3LDKの部屋は大学の同級生三人で住んでいる。
いわゆるルームシェアというやつだ。
バストイレ別、個室あり、ダイニングキッチンあり、ウォークインクローゼットありの好物件が家賃4万弱。
3人で割るからできることなのだが、ルームシェア決めた銀時としては実際に部屋で暮らすのは二人だけのつもりだった。
もちろん高杉とではない。
同じ大学の別学科に通う土方十四郎。
彼と一緒に暮らしたいがためにルームシェアをしようと考え付いたと言っても過言ではない。
土方は銀時が大学入学当初から思いを寄せている相手だ。
住んでるアパートが耐震強度不足のため取り壊されてしまうらしいと住宅情報紙を見ながら土方がぼやいていたため銀時はここぞとばかりに自分のアパートに来いと誘ってみた。
土方からは狭いから嫌だとすげなく断られてしまったが。
それでも銀時はめげず一緒にルームシェアをしようと土方に提案した。
一人の時よりもいい物件に住める上に家賃も安くなる。
それほど乗り気でなかった土方にそう熱弁して「良い部屋ならな」と何とか了承を得て部屋を探したところ、土方が提示した金額よりかなり費用を必要としそうだった。
だったら安アパートを探すからいいと言う土方にもう一人誘うからと説き伏せている時。
高杉が家を出たいと溢しているのを聞き付けた。
一緒に住むなら高杉が邪魔になるが、よくよく聞けば女の家に行くのに両親や家の者が口うるさいからという理由らしい。
それならば、月に数万を支払うことでルームシェアをするという建前で家を出て、後は自由に女の家で寝泊まりすればいいではないか。
銀時はそう高杉に持ちかけると、財閥の御曹司で何の不自由なく暮らす高杉にとって、月数万の金など特に気に留めるものでもなかったらしく面白そうだと軽く引き受けてくれた。
高杉という協力者を得てようやく土方と二人きりで生活を過ごせると思っていたというのに。
予想に反して高杉は家を明けることが少なく、ほぼ毎日この家へと帰ってきている。
実家の時よりも頻繁なのではないかと思うほどだ。
高杉の性格からしてルームシェアなど窮屈で数日ももたないと思っていたが、意外とこの部屋は居心地がいいらしい。
それもそのはず。
綺麗好きで世話好きな土方がボンボン育ちで家事など一切出来ない高杉の面倒をブツブツと文句を言いながらきっちり見てしまっているのだ。
土方が気づいたときに部屋を掃除してくれているせいか、男しかいないルームシェアの割りに部屋には清潔感が漂う。
その上、高杉が一番支払い割合が高いと知った土方が自分のものを作るついでに高杉の分も食事を作ってくれる。
銀時もその相伴に預かっているので文句を言う気はない。
でも出来れば土方と二人で食卓を囲みたかったと銀時は小さく舌を打つ。
炬燵に入り込みながらくつろいでいる高杉を、銀時が上から睨み付けていると玄関先でガチャリと音がした。
「ただいま」
待ち望んでいた相手の帰宅に銀時は浮き足だって炬燵から出て玄関へと急ぐ。
その際に背後から「寒いんだから開け広げたままにすんな」という高杉の小言が聞こえたが、それを無視して満面の笑みを浮かべた。
「お帰り、土方!!」
「あーうん。別に出迎えてくれなくていいっていつも言ってるだろ」
「いやいや好きな奴の顔は真っ先に見たいじゃん?」
意気込むようにそう告げると土方は「はいはい」とおざなりな言葉を返しながら靴を脱ぎ家へと入ってきた。
銀時なりにこうして毎日のように気持ちを伝えているつもりなのだが、土方にとっては冗談にしか聞こえないらしい。
リビングへと続く廊下の途中にある洗面所へ土方が入っていく。
その後を銀時も追うと、土方が手洗いうがいを始めた。
いつも以上に念入りにうがいをする土方に「風邪?」と声をかける。
「いや風邪じゃねぇ。外の空気が冷たかったせいで喉がいてぇ」
「あー春だってのに最近まだ寒いもんね」
「だよなぁ」
他愛ない会話ではあったが土方とすると何でも楽しいから不思議だ。
銀時はそう顔をほころばせながらリビングへと向かう。
銀時が座ったいた所と高杉の間へと腰かけた土方がテーブルの上へと視線を落とした。
「栗、食ってたのか」
「土方も食べる?うまいよ」
土方の前にもチラシをおいてやり袋を傾けてザラザラと栗を転がす。
「懐かしいな。高杉は食わねぇの?」
「手ぇ出すのが寒ぃ」
「お前寒がりだもんな」
隻眼をうっすらと開けて土方を見上げる高杉に、小さく笑い返しながら土方は袋から栗を取り出して剥き始めた。
土方の白い指が皮を割って中の実を摘まむ。
そのまま黄色い栗の実が赤い口の中へと入っていく様を銀時はじっと目で追う。
ただ栗を食べているだけだというのに、土方がしているのを見ると何故かドキドキしてしまう。
栗を向くために伏せ目がちになっている目。
慎重に皮を剥いてそっと栗を摘まむ指。
小さく開けた口とそこから少し覗いた舌先。
それらを余すことなく見つめ、銀時が土方に熱視線を送るのはいつものこと。
しかしそれに土方が気づいてくれたことは一度もない。
そうしている間に土方は次の栗へと手を伸ばし、それが剥き終わると再び指で摘まむ。
自身の口へと運ぶのかと思いきや、そのまま真横へと差し出した。
「ん」
「あ」
一言ずつの声が続き土方の指にあった栗は何故か高杉の口へと収まっていった。
顔をテーブルから上げることなく口を動かしている高杉を信じられない思いで銀時は見つめる。
「え?ちょ?何で?何で高杉にあーんってするの!?」
「何でって別に理由はねぇけど?」
「俺にも!俺にもやってよ!」
高杉へと向けていた視線を土方へと移動させた銀時は、そう必死に訴えかけてみたが土方からは怪訝そうな視線が返された。
「自分で剥いた方が早ぇだろ?」
「そうじゃなくて!俺も土方にあーんってして欲しいの!!」
「お前の分まで剥くのめんどくせぇ」
「高杉だけずりぃ!!」
「じゃぁこれ食えよ」
ちょうど今しがた剥き終えた栗を土方は銀時の前に広げられたチラシの上におく。
「ちっがぁーう!!」
「あぁもう!うるせぇな!!」
銀時が苛立ちのままテーブルを叩くと土方が同じくテーブルを叩きながら怒鳴り返してきた。
それに対して銀時が更に言い募る前に土方が軽く咳き込む。
「風邪か?」
先ほど銀時がしたのと同じ問いを高杉も土方へと投げ掛けた。
「いや違ぇ。外が寒かっただけだ」
土方の返答も同じものだ。
勢いを削がれた銀時はいまだ納得出来ないながらも栗へと手を伸ばしかける。
一際大きな栗を銀時が手にした時、ちょうど目の前の高杉がテーブルから顔を上げて身体を起こす所だった。
しかもあれだけ嫌がっていたのに手を炬燵から出している。
何をするのかと思えば、その手はそのまますぐ隣へと伸ばされた。
すぐ隣。
つまり土方に向けて。
土方へと伸びた手は迷うことなく土方の顎を掴んだ。
「見せてみろ」
「風邪じゃねぇって」
「いーから。口開けろ」
どうやら風邪かどうか確認しようとしているらしい。
栗を食べる為には嫌がったくせに土方の体調を確認する為には手を出すことも起き上がることもいとわないのか。
理解しがたい高杉の行動に驚いている銀時をよそに、土方は憮然としながらも高杉に促されるまま口を開いていた。
高杉はそれを覗きこみつつ「腫れてはいねぇな」と呟くと流れるような動きで土方へと顔を寄せて互いの額を合わせる。
その行動に銀時が息を飲んだというのに当の二人は気にした様子も見せず普段通りの会話を続けていた。
「熱もねぇみてぇだし」
「だから風邪じゃねぇって言ってんだろ?」
「この前もそういって扁桃腺張らして喋れなくなってただろ?」
「あれはちょっと疲れてただけで」
「今日は早めに寝ろよ。また生姜湯つくってやっから」
「作り方覚えてんのか?」
「コックにメモ書きさせといたからな」
交わされる言葉が右から左へと素通りするぐらい固まっていた銀時だったが、ようやく事態を把握し慌てて土方と高杉を引き離す。
「んだよ、銀時」
「それこっちの台詞だし!!何なの!?今の!」
怪訝そうな顔でこちらを見返してきた高杉に銀時は思わず声を張り上げて言葉を返した。
すると土方が小首を傾げて「生姜湯のことか?」と言葉を挟んでくる。
「前に俺が風邪引いたとき、高杉が作ってくれたんだよ。三上さん自慢の生姜湯」
「いやいや問題はそれじゃないし!てか高杉が土方の看病してたことにも驚いたけど!!いつの間にそんな美味しいイベントがあったわけ!?」
「お前も生姜湯飲みたかったのか?」
「そうじゃなくて!!そもそも何で土方は平然と受け入れてるわけ!?」
そう土方に尋ねてみても土方は「何の話だ」と怪訝そうな表情を浮かべるだけだった。
「何の話って、さっきのだよ!頭こつんこするやつ!!」
「熱測ってただけだろ」
「前に俺がやろうとした時は天パうぜぇって押し退けたじゃん!?」
「そうだったか?つーかそんな騒ぐことかよ」
尚一層、訝しげな視線を投げ掛けてくる土方に銀時は憤りを募らせながらも何とか理解してもらうべく言葉を探す。
「騒ぐことだし!何なのこの空気!なんか俺の方がおかしいみてぇじゃん!」
「どう考えてもお前がおかしいだろ」
うんざりとでも言いたげに嘆息を吐いた高杉はテーブルの端に置いてあった煙草の箱を手に取る。
「時々無意味に騒がしくなるよな、お前」
深いため息とともに土方がそう言うのを聞き付けた銀時は自分の憤りが全く伝わっていないことを悟った。
「無意味じゃねぇって!ちゃんと俺の話聞いて!」
「聞いてる聞いてる」
そう言いながら土方もポケットから煙草を取り出して口へと運ぼうとするが高杉がそれを奪う。
「何すんだよ、高杉」
「喉悪ぃ時に煙草吸うな」
「副流煙すったら一緒だろ?返せ」
「一緒じゃねぇよ。吸うな」
土方は煙草を取り返そうと手を伸ばし、対する高杉はそれを阻止すべく土方から遠ざけるように手を伸ばしていた。
そのやり取りをしている彼らの距離もこれまた近い。
銀時はその様子にとうとう項垂れる。
「あーもうホント高杉マジで出て行ってくんねぇかなぁ…」
そう銀時がぼやいた言葉も煙草の取り合いに夢中になっている彼らには興味もないことだったらしい。
拾い上げられることなく霧散した言葉を脳内で憎々しげに繰り返しながら銀時は黙々と栗を食べ始めた。


END

アリウム:正しい主張
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