初夢


1月2日の朝、屯所内の食堂では初夢話で盛り上がっていた。
それにつられるように、山崎もふと軽い気持ちで自分の前に座って朝食を食べていた土方に声をかけた。
「副長の初夢はなんでした?」
その問いに常から鋭い目つきをさらにキツクして土方は尋ねた山崎をにらみ付けた。
平隊士よりもその視線を浴びることの多い位置にいる山崎は殴られるかと思わず身を固くしたが、そんな山崎を一睨みしただけで、土方は立ち上がる。
「あ、副長?」
「片付けとけ」
「あ、はい」
土方はまだ少し残っていたマヨネーズまみれの丼をそのままに食堂を出た。
自室へと戻り縁側へと座り、ぼんやりと空を見上げ、青空の中に一つ二つ浮かぶ雲が流れるのを見つめつつ、懐から煙草を取り出し火をつける。
(初夢、か…)
口から白煙を吐き出しながら心の中でそう呟く。
土方が見た夢は縁起が悪いものでもなかったし、嫌なものを見たわけでもない。
ただ、気分は良くなかった。
その夢のせいでどれだけ会っていないかを改めて再確認させられたからだ。
(半年。半年会ってねぇな、あいつと…)
ふわふわと飛び跳ねる黒髪と同じく、宇宙全体を飛び回っている男。
高らかな笑いと独特な口調が土方の頭を掠める。
耳に残る声とは対照的に、大きな身体と大きな手で包み込まれた感触も、最近では少しずつ忘れていたつもりだった。
なのに今朝見た初夢ではその声はもちろん温もりも感触もリアルで、余計に目覚めた後の寂しさが心を占めた。
(さっさと会いに来いよな、馬鹿…)
心の中で会えない不満を言い募っていると、背後から不穏な気配がした。
とっさに立ち上がり、身体を動かすと据わっていた位置に刀が振り下ろされたため、その刀の持ち主を睨みつけつつ、土方は思わず怒鳴る。
「てめえっ!危ねぇだろうが、総悟!!」
「いや、せっかく年も明けたんで、土方さんも明るい未来に旅立たせてあげようと思ってねぃ」
「明るい未来って確実に死ぬ未来だろうが!」
「それが土方さんの1番明るい未来なんでさぁ」
「はぁ!?」
沖田の胸元を掴み、殴りかかりそうな土方に対して、沖田は飄々とした表情で土方を見つめ返す。
そして話題を変えるように「そんなことより、土方さん」と口を開いた。
沖田が自分に対して斬りかかって来ることはいつものことなので、土方は苛立ちながら半ば乱暴に沖田から手を離す。
「なんだよ」
「初夢はなんだったんですかぃ?」
「あ?」
「山崎に聞かれてたじゃねぇか」
「…てめぇに関係ねぇだろ?」
「俺は夢とか見ねぇ方なんであんま興味ねぇんですがねぃ」
沖田はそう言いながら庭へと視線を移した。
「夢ってのは普段から考えていることが反映されていたりするそうですぜ」
その言葉に土方は黙って沖田を見つめた。
土方がなんて返そうか言葉を探していると、沖田はそれを待つことなく先を続ける。
「だから死ぬ夢見たからって気にしなくても大丈夫でさぁ。今からちゃんと俺が叶えてやりますし」
沖田はそう言いながら刀を素早く抜き、土方へと振り下ろす。
それを間一髪で避けながら土方は思わず後ずさる。
「おまっ!それがやりたかっただけか!!」
「さぁねぃ。今すぐ初夢叶えてやるんでじっとしてなせぃ」
「そんな初夢見てねぇし叶えて欲しくもねぇんだよ、バカ!!」
瞳孔を開きながら刀を構えてくる沖田に、土方はそう怒鳴りつつ、刀が当たらないよう避ける。
そしてバタバタと廊下をしばらく走り、沖田が追いかけてこないのを確認して、思わず嘆息を吐いた。
そんな土方を1人の隊士が「副長」と声をかけてくる。
「どうした?」
「あの、事故処理の要請が入ってるんですが…」
「あ?事故処理は交通課の管轄だろ?」
「はい。ですが年末年始は事故とか酔っぱらいへの対応で忙しいらしくて…」
「ったく、仕方がねぇな。まぁいい俺が行く。何処だ」
「えっと屯所近くにある民家です」
「わかった」
そう一言告げ、土方が屯所を後にする。
屯所を出てしばらく歩くと、報告どおり小型の宇宙船が家に突き刺さる形でめり込んでいた。
(こりゃ処理班呼ばねぇとな)
事故の状況を確認してそう思いつつ現場に近付くと、加害者らしき人物が家の住人だろう女に問い詰められていた。
「あんたねぇ!どこみて運転してたんだい!?」
「あはは!すまんぜよ~」
聞き覚えのあるその声に、土方は驚いてその人物を見つめる。
ふわふわとした髪も背格好も夢で見た男そのままだった。
思わず駆け寄り声をかける。
「辰馬!」
「ん?おぉ十四郎!!」
振り返った男は土方の顔を見て嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ひっさしぶりじゃのぅ」
抱きついてくる男の顔を土方が押しのけていると、男を問い詰めていた女が土方に話し掛けてきた。
「あんた警察だろ!この人が急にうちに突っ込んできて!!」
「すまんぜよー。運転中に船酔いがひどうなってそのままダイブじゃぁ!あははは!」
「笑いごとじゃないよ!?」
「あー、ホント申し訳ないです。お怪我はないですか?」
「わしは元気じゃ!」
「お前に聞いてねぇよ!」
土方がそう怒鳴り付けながら男を殴っても、男は気にした様子はなく笑いながら土方を抱き締め続けた。
「そんでも、こがなはよう十四郎にば会えるとは思わんかったきに」
満面の笑みで背後から自分を覗き込むようにしながら言う男を土方は怪訝な顔で見返す。
「初夢ば見たら十四郎が出てきてのぅ!会いとうなって怒る陸奥ば振り切って小型船で来たぜよ?」
そういう男に土方は思わず目を見開いた。
自分と同じように夢を見たことではなく、それを見てここに来てくれたことが嬉しかった。
その気持ちのまま笑みを浮かべかけたが、男の一言が耳に入ってきてそれを固まらせる。
「それにキャバクラのポイントが貯まぶほっ!」
言いかけた途中で土方が思い切り裏の拳を顔にめり込ませた。
その衝撃に倒れ込んだ男を冷たい眼差しで見下ろした後、被害者である女に向き直った。
そして土方にしては珍しく満面の笑みを浮かべた。
「ご迷惑をおかけしました。犯罪者は真選組でこってりと絞りあげておきますので」
その綺麗な微笑みに言いようもない迫力を感じた女は少したじろぎながらも頷き返した。
「お、お願いします」
そう言った女に軽く会釈をした後、地面に倒れている男の襟首を掴んで持ち上げる。
「いつまで寝てんだ。さっさと起きろ」
土方は起きない男を引きずるようにして歩き始め、懐から携帯電話を取り出した。
電話を掛け、しばらくの呼び出し音のあとに出た相手へ声をかける。
「山崎?俺だ」
『副長?どうされました?』
「事故処理班に連絡して民家に突っ込んだ船艦を撤去しとけ」
『はい』
「あと、今から半休とるから任せたぞ」
『え!?ちょ副長!?そんな』
まだ何かしら言い募っていた相手を気にとめず通話を終わらせる。
その間に土方が引きずっていたはずの男がいつの間にか起き上がり、土方の手をとって握っていた。
「なんだよ」
憮然として言う土方に男は笑みを返す。
「妬いちゅうがか?」
「あ?別にお前がどこで何しようと俺には関係ねぇよ」
プイッと顔を背ける土方に男は笑みを深める。
「ほんにめんこいのぉ土方は」
そう言いながら握っていた土方の手にそっと口付ける。
「地球ばわしの故郷じゃあ。友もおるし大切な場所もあるきに」
「キャバクラな」
「でもそれは地球におるだけのモンなんじゃ。地球におるから地球ば寄ったときに顔ば出すき。でもおんしは違か」
男の言葉に土方は視線だけそっと男へと移す。
サングラスの奥にある男の瞳はまっすぐと土方を捉えていた。
「おんしはいつもわしの心に住んじょる。地球ば寄らんどもずーっとわしを捕らえて離してくれんきに」
そう言いながら男は掴んでいた土方の手を引いて自分のもとへと抱き寄せる。
ふわりと男の香りが土方を包む。
夢と同じ大きさと温もりに抱かれて土方はそっとその背に腕を回す。
「だったらもっと頻繁に会いに来いよ…」
「頻繁に会うと離れがとうなっていかんぜよ」
男の言葉を聞いた土方は、なぜそれがダメなのかわからず怪訝な顔で男を見上げる。
「きっとわしは我慢できんようになって、おんしを無理やり空にば連れて行ってしまうんじゃぁ」
そう言って小さく笑うと男は土方に軽く口付けた。
「…それは困るな」
男は「じゃろ?」笑いながら土方の頬をなぜる。
その感触に目を細めながら、土方は男へと尋ねた。
「でも、今日半日だけぐれぇなら大丈夫だろ?」
「半休じゃぁわしの半年分は受け止められんかも知れんぜよ?」
「そんときはそんときだ」
そう言って笑みを浮かべる土方に男も笑いながら口付け、土方の腰へと手をやり歩き出した。


END
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