今この時に


「その手、どうした」
久しぶりに会った高杉が、向かい合わせて酒を飲んでいる俺に尋ねた。
何のことかと自分の手を見て「あぁ」と声を漏らす。
俺の手の甲には絆創膏が張られていた。
「柱から出てた釘に引っ掛けたんだ」
屯所の縁側を歩いていて手に痛みを感じたと思って見たら傷が出来ており、ちょうど報告のために俺の後ろを歩いていた山崎が、傷と流れ落ちる血に気付き、大騒ぎをしながら消毒と手当てをしてくれた。
コレぐらい放っておけばすぐ治るというのに、大げさな奴だ。
手の甲に張られた大き目の絆創膏を見ながら、そう考えていると、いつの間にか傍に移動してきていた高杉が俺の手を取る。
「俺に許可なく怪我すんじゃねぇよ。お前は俺のモンなんだからな」
俺の手を撫でながら不機嫌そうに言う高杉に「無茶言うなよ…」と思わず呆れた。
俺の仕事柄、小さな怪我はしょっちゅう起こりうることだ。
それに俺の怪我の原因を作り出すことを生業みたいにしてる奴に言われたくない。
そう続けようとした俺よりも早く、高杉が口を開いた。
「割れてんぞ」
「は?何が」
「爪」
そう言いながら高杉は俺の人差し指を摘んだ。
「あぁ、知ってる」
「切らねぇのか?」
「明日切るさ」
山崎も手の甲を治療しているときに爪が割れてるのに気付き、指摘された。
そのとき切ってもよかったが、高杉と会うのが解っているのに、切ってしまうのはもったいない。
そう思ったのだ。
「なんで今日切らねぇんだよ」
そう尋ねる高杉に俺は答えなかった。
その代わりに、取られたままの手に少し力を込めつつそっと高杉に口付ける。
唇を離すと、高杉がニヤリと笑った。
「…世間話はしめぇだ」
その言葉を合図にもう一度、深く口付けられ、舌を絡め取られる。
その間に高杉の細長い指がスカーフを剥ぎ取り、隊服を脱がせていく。
高杉に会うのも、肌を合わせるのも久しぶりだ。
テロ活動を続ける高杉とそれを取り締まる俺。
どちらかが忙しいということは必然的にもう片方も忙しいことになる。
押し倒されながら見上げる高杉の顔にいつも泣きそうになる。
嬉しいからか、苦しいからかはよく解らない。
それでも高杉へと伸ばす腕に迷いなどはなかった。
息を整えつつ、少しずつ自分の中に入ってくる高杉を受け入れる。
痛みと快感で高杉の背中に回した手に思わず力が入る。
そのときにあえて爪を立てた。
「っつ、」
高杉が顔を歪め、俺を見下ろしながら睨みつけてくる。
「てめぇ、爪切らなかったのはこの為かよ」
「あぁ」
「嫌がらせかよ…」
そうぼやきながら口付けてくる高杉を俺は心の中で笑った。
嫌がらせなんてとんでもない。
こうでもしないと俺とこうして過ごしたことをお前に残せない。
背中に刻み付けるぐらいしか方法がないんだよ。
傍にいて同じ時間を過ごす事も、同じ未来を見据える事も出来ない。
この一瞬を共にすることしか出来ない俺が、お前の背中に小さな爪跡を残すぐらい許されるだろう?
もっと俺を刻み付けるかのように爪を立ててしがみ付いた。
すると高杉が奥へと身体を進め、突き上げてくる
「んぁ!…ぁっ」
「いてぇんだから、やめろ」
そういう高杉に俺は首を振りながら、縋り付くように背中に手を回す。
どんなにすがり付いても、明日のお前は俺といない。
今は寄り添っている気持ちも、明日にはもう彷徨いはじめる。
いつ訪れるか解らない逢瀬まで、ずっと逝き場を無くし漂うしかない。
だからこそ、繋がっている今は、もっと深く、奥深くに高杉を感じたかった。
その手も、唇も、身体全てが、今この瞬間、俺だけのものになる。
敵であるお前と繋がることが罪だと言うのならそれでもいい。
いっそのこと、その罪で俺が真っ黒に染まるぐらい、お前の手で俺を汚して欲しい。
罪というには甘く眩いものに頭が占領されていく。
本当はそこが闇の中だとしても俺には眩しくて闇なのか解らない。
ただ、そこに落ちていくだけだ。
汗ばむ身体を重ね合わせて、壊れるほどお前に抱かれて落ちていく。
落ちた先でボロボロになったとしても構わない。
高杉になら殺されてもいい。
それぐらいの気持ちが俺にはある。
いつかどうせ死ぬ身なら、最期は高杉の手で…。
そのとき高杉がまだ俺を愛していてくれたら最高だ。
敵である高杉に殺されたいと思う俺はどこかおかしいのだろうか。
会えないときの息苦しさや、会えたときの胸を締め付けられるような思い。
その延長線上に殺されたいと思う気持ちがある。
そんな考えは高杉に抱かれるたびに俺を蝕む。
こんな気持ちに名前をつけることは不可能で無意味だ。
恋とか愛とかでは言い切れない。
はっきりと恋だ、愛だと名づけることが出来たら、楽になれるのかもしれないが、そんな風に名付けられたものの為だけに生きていけるような人生を送ってきていない。
高杉へのこの思いが恋愛なのだ言い切ったとしても、俺には真選組がある。
高杉を思っていたとしても、近藤さんへの恩義は消えない。
近藤さんのために真選組に入り、真選組を守り立ててきたのだ。
真選組が俺の居場所であって、それを捨てる事はできない。
それ以上に真選組に捨てられてしまうのが怖いのかもしれない。
あの中にいる自分が否定されたら、今までの自分全てを否定されることになる。
どちらを優先すべきかなんて理性では解り切っているはずなのに、どうしても高杉へと気持ちが傾く。
会わないでいる間はもう止めようと揺らぎ彷徨っていたはずの気持ちも、高杉と会った瞬間に彷徨うのをやめてしまう。
会ってもなお彷徨い続けるような気持ちなら、もっと早く切り捨てられただろう。
切り捨てられない思いと共に、手を伸ばして背中に回した腕に力を込める
俺の高杉への気持ちが罪なら、高杉の俺への気持ちは何なのだろう。
同じように罪深いものなら、俺がこうして高杉に触れて抱きしめることで、どんどん罪の色に染まっていくのかもしれない。
高杉をも黒く汚してしまうのだとしても、俺はこの手を伸ばさずにはいられない。
会うたびに与えられる溺れ死にそうなほどの快楽と身体中を満たす恍惚感と充足感。
それを俺に与えるのは高杉しかいない。
同時に、会えない日が続くことで、情緒不安定になりそうなほどの焦燥感と喪失感。
それを俺に多大に与えるのも高杉だけだった。
寄せては返すを繰り返す感情を持て余しながら日々を過ごす。
今は手に余るこの感情も、いつか消えて逝くのかもしれない。
もし俺よりも先に高杉の俺への想いが消えて逝くのならば、その瞬間が来る前に。
俺への想いがある今のうちに、高杉の手で最期を迎えさせて欲しい。
出来れば高杉で身体も心も満たされている今みたいな時に…。
斬殺でも、絞殺でも、毒殺でも、銃殺でも何でもいい。
高杉が俺の死で汚れていくのを感じながら、死に逝くその瞬間まで、高杉の顔を、声を、身体を、自分の中に刻み付けたい。
高杉によって高められる快楽が、俺の思考回路を蝕むせいでそんな考えを浮かばせる。
いつものことだ。
もっと深く繫がりたいと思うのも。
もっとこの罪で汚して欲しい思うのも
このまま殺されてしまいたいと思うのも。
そんなことを考えてるせいで自然に涙が溢れて、高杉を見上げることも。
それから
「愛してるぜ、土方。だからてめぇはいつか俺が必ず殺してやる。」
果てる瞬間、高杉がそう囁くのも。
全部いつものこと……


                END

BGM 「哀歌(エレジー)」
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