執心と執着


執心

夜も明けきらぬ中、けだるい身体を起こし、俺は布団から出た。
先ほど脱ぎ捨てた着流しに袖を通しながら、いまだに布団に包まっている万事屋に話しかける。
「今週末から、3ヶ月ほど幕府の命令で城に上がる。しばらく連絡できねぇからな。」
そういう俺に、布団の中から「ふーん」と興味なさげな声が聞こえてきた。
興味なさげというか、こいつは俺に興味なんかねぇんだろうな。
もともと、身体を繋げたのだって酔った勢いに近い。
でもいくら酔ってたからって俺は好きでもない野郎に何度も組み敷かれる趣味はねぇ。
こいつが好きだから同じ男でも抱かれていいと思った。
そんな俺に対して、こいつはきっと違う。
いつだって飄々としていて、束縛されるのを嫌う。
それと同時に相手を束縛もしない。
きっと俺が今、別れると切り出しても軽く受け入れられるのだろう。
いや、俺たち付き合ってるの?とか言われるのかも知れねぇ。
ありえそうで嫌だ…。
「土方?」
考え事をしすぎて着替える手が止まってる俺に万事屋が不思議そうに話しかけてきた。
「帰らねぇの?」
欠伸交じりにそう言われた言葉は、まるで早く帰れと言われているようだった。
こいつの言動にいちいち傷つく自分が嫌だ。
俺と同じぐらいの感情を持って欲しいと思うのは俺の我侭なんだろうか。
いや、自由気ままに生きるこいつにそんなことを思う俺が間違ってるんだな。
多少、寂しさを感じたとしても、こいつと離れる気にはなれない。
ホント、何やってんだろうな。
俺には真選組っていう護るべきもんがあるんだから、こんな野郎にかまけてる気持ちの余裕なんてねぇはずなのに…。
小さく嘆息を吐いて着替え終えると、「じゃぁな」と声をかけて万事屋をあとにした。
しばらく会えねぇってのに玄関先に見送りに来ることもない。
少しは残念がれよ、バカ。
月に1度会いに来るだけの俺なんか、あいつにとってはどうでもいい、ただの性欲処理の相手なんだろうか…。
そんな事を考えながら、1人で玄関の扉を開けて、誰もいない玄関を見ながら扉を閉める。
むなしさと寂しさでいっぱいになりながら階段を下りた。
 ***
屯所に帰ると、俺がいない間に決済が必要となりそうな書類がいくつもの束になって部屋に置かれていた。
城に上がる前に、もう一度あいつの顔でも見れるかと思ったが、巡回に行くのも無理そうだ。
今日からしばらく徹夜になりそうだったので、布団を敷いて身体を横たえ休ませる。
しかし、うとうとし始めたのと同時に部屋にバズーカが打ち込まれた。
「総悟!なにしやがる!!」
爆風と黒い煙に巻かれながら俺は犯人に怒鳴りつけた。
「おはようごぜぇます、土方さん」
「おはようって今はまだ、夜中の3時だぞ?」
「あれ?おかしいなぁ。俺の時計では朝の7時ですぜぃ」
「どんな時計だ!それは!ったく、今日から俺は忙しいんだ。少しは休ませろ。」
「身体が辛いのなら俺が副長やってやりまさぁ。だから死んでくだせぇ」
「ちょ、待て!この至近距離で打つんじゃねぇ!書類が…っ!」
「グッバイ、副長」
俺の言葉も聞かず総悟は2発目のバズーカを打ちやがった。
マジでいつか殴りたい、こいつ…。
つーか、今すぐ殴る!
そう決意をして総悟に殴りかかると、軽く避けられた。
「いいからちょっと殴らせろ!」
「嫌でぃ!」
俺たちがどたどたと暴れていると、近藤さんが目をこすりながら副長室に顔を出した。
「おーい、二人ともさぁ。仲がいいのは勝手だけど、夜中は勘弁してくれよー」
「近藤さん!これのどこが仲よく見えんだよ!つーか、総悟が!!」
「騒音だしてるのはお前も一緒だろー、トシー」
「そうでさぁ。公害で訴えますぜぃ?」
「お前が言うな!」
「総悟もさぁ、トシがもうすぐ城に上がっちゃうんで寂しいのは解るけど、夜中にバズーカ打つのはやめてあげなさい。」
「別に寂しくて打ったわけじゃねぇんですけど?」
「はっは!照れない照れない」
そう豪快に笑いながら近藤さんは総悟の頭をグシャグシャと撫ぜる。
小さく舌打ちを打ちながら総悟が俺に向かって言った。
「忙しくなるのが解ってるくせに夜、出歩いてんじゃねぇやぃ。」
「出かけてたのか?トシ」
近藤さんにそう聞かれて、曖昧に頷いた。
「そうか。夜は危ないからな!総悟も心配して待ってたんだな!!」
「だから、違うって言ってんでしょうが!」
総悟はそう言うと、近藤さんの腕を振り払って部屋を出て行く。
近藤さんはそれを微笑ましそうに見送りつつ、俺に言った。
「あれで、城に行くお前のこと心配してんだよ。あいつ」
「…心配の仕方が物騒なんだよ」
「はは、そういうな。可愛い悪戯じゃねぇか」
「バズーカ打ち込まれるのが?」
「…まぁちょっと過激だけどな。」
そう言って近藤さんは俺の頭をポンポンと撫ぜると自室へと戻って行った。
総悟ですら、俺を気遣ってるっいうのに…。
まぁあいつと総悟を比べることもないか。
あいつは最近関わり合いになった、ただので知り合いで、総悟は昔から一緒に時間を過ごしてきた仲間だ。
同じように気にかけて欲しいっていうのも無理な話だよな。
やれやれ、最近、なんでもかんでも万事屋と引き合いに出しちまうのが癖になってる。
それだけあいつの気持ちが気になってる証拠か…。

もう一度布団に入っても寝付けなかったので、結局今日やる予定の書類へと手を付け始めた。
やり始めると時間が過ぎるのはあっという間で、朝食も昼食もくいっぱぐれたまま、ふと気付くと夕方近くになっていた。
休憩がてら煙草を吸っていると、山崎が「失礼します」と障子の向こうから声をかけてくる。
「どうした。」
静かに障子が開くと共に山崎が部屋へと入ってくる。
目の前に座すと数枚の紙束を手渡してきた。
「すみません、書類の追加です」
「やれやれ…。そこに置いとけ」
「はい。」
未決済の束の上に新しい書類を置いた山崎に茶を持ってくるよう頼む。
了承した山崎が腰を上げかけたところで、総悟がお盆と湯のみを持ってやってきた。
「お茶ですぜぃ」
「…いらねぇ」
俺は即座に断った。
「なんでぃ、俺が心を込めて淹れた茶が飲めねぇんですかぃ?」
「こんな怪しげな液体飲めるか!!」
湯飲みの中は黒い液体がちゃぷちゃぷと波打っていた。
見るからにお茶ではない。
というか今の時間って…。
「お前、巡回はどうした。今の時間、お前の番だろ?」
「行きましたぜ?でも途中で俺特性の茶を、土方さんに振舞うのを忘れてた事を思い出してすっ飛んで帰ってきました。」
「アホかー!てめぇ!!さっさと巡回に戻れ!」
「じゃ、このお茶飲んでくだせぇ」
「それは後で山崎に飲ませといてやるから!」
俺の言葉に山崎が「いりませんよ!」と反論していたが無視した。
「飲んでくれるまでは出て行きませんぜ?」
俺は仕方なく湯飲みを受け取ると逃げようとする山崎の首根っこを捕まえて、無理やり口へと流し込んだ。
「っ辛ーーーっ!!」
一口飲み込んだ山崎は口を押さえながら部屋を出て行った。
飲まなくて良かった…。
「ちぇっ。せっかくタバスコと下剤とわさびとからしと」
「材料説明はもういい。ったく、早く巡回行け」
「さっき旦那を見ました。」
俺が書類に視線を戻しつつ、総悟を追い払うように手を振ると、総悟はポツリと言った。
思わず手を止めて、部屋の入り口にいた総悟を見上げた。
「女連れでした。」
総悟の言葉に俺は何て返せばいいのか解らず、「そう、か。」とだけ返すと、書類に向き直った。
「あんた旦那と付き合ってるんじゃねぇのかぃ?」
驚いて総悟の方をもう一度見ると「あんた見てればわかりまさぁ」と肩を竦められた。
付き合いが長いというのも考え物だな。
まぁ近藤さんと違って総悟は勘がいいからバレるかもしれないとは思っていたが。
「旦那は浮気性なんですかぃ」
「さぁな。俺にはよくわかんねぇよ、あいつのことは。」
「ふーん。」
総悟は万事屋と同じように興味なさげな返事を返してきた。
まったくあいつといい総悟といい、もっと他の返事はねぇのかよ。
そう心の中で愚痴っていると突如背中に重みを感じる。
総悟が背後に座りながら俺に凭れかかっていた。
「別に俺には関係ありませんけど、あんまウジウジ悩まねぇくだせぇよ?あんた何かあるとすぐに食が細くなるんですから」
そうぶっきらぼうに言う総悟に、思わず前言を撤回した。
万事屋の野郎にもこれぐらい可愛いとこがありゃぁなぁ。
「ありがとよ」
そう言って総悟の背中に体重を移しかけた瞬間、総悟は立ち上がった。
そのとっさの動きに対応できなかった俺は、そのまま後ろにひっくり返ってしまう。
「なーんて言うわけねぇだろ!土方コノヤロー!てめぇなんか悩みすぎて禿げればいいんでぃ!!」
そう言い捨てて部屋を出て行った総悟に、仰向けにひっくり返ったまま思わず苦笑した。
素直じゃないあいつなりの励ましだったんだろう。
城から戻ったら一度はっきり万事屋と向き合うのもいいかもしれない。
それで終わりになるかもしれないが、このままズルズルと続けて悩んでても仕方がねぇ。
総悟が見たように、あいつに女がいるなら俺は身を引くべきだ。
こんないつ死ぬかも解らない仕事をしている男の俺なんかより、柔らかい身体と次を産み落とせる機能のある女の方が誰だって良いに決まってる。
あいつは日々天パだからモテないとか言ってるが、あいつの良さはそんなもんじゃない。
どんなときでも揺らがない芯の強さと、何があっても折れない真っ直ぐな志。
いつだってあいつは輝いてる。
だからあいつは自由に生きてるし、そうやっていくべきなんだろう。
俺なんかがあいつを独占できるわけがねぇ。
…あぁ、まずいな。
総悟にも言われてるのに、思考が暗くなりそうだ。


城へ上がる前日、書類整理ばかりをしていた俺を心配した近藤さんに、外の空気を吸って来いと言われたので、仕方なく総悟と巡回に出た。
いつものルートを歩いていると、その先に万事屋の姿を見つけた。
女連れだ。
城に行く前に終わらせた方がスッキリするんだろうか。
思わず眉間に皺を寄せてそんな事を考えていると、万事屋と目が合うがショックを受けているのを悟られたくなくて、そっと視線をそらす。
その場を足早に去ろうとする俺に、総悟はなぜかじっと万事屋の方を見つめていた。
「おい、総悟?」
そう声をかけると、総悟は万事屋から視線を移してじっと俺の顔を見つめた。
「なんだよ」
そう口を開いた瞬間、スカーフを掴まれてぐいっと下に引っ張られ、唇を柔らかいもので塞がれた。
総悟の唇だ。
わけが解らず固まる俺にあいつは舌まで入れてきた。
「ちょっ」
抵抗する俺に総悟は頭を押さえつけてなおも深く口付けてくる。
そこにのんびりと間延びした口調で万事屋が声をかけてきた。
「公務員がこんな往来でイチャイチャしてるなんて、払った税金返して欲しいんですけどー?」
「イチャイチャしてるように見えましたかぃ?」
総悟がようやく俺を解放して万事屋に向かって言った。
「総悟!てめぇ、何のつもりだ!」
「何でぃ。今更、接吻ぐらいでガタガタいうじゃねぇよ」
「いやいや、全然わかんねぇよ!その理屈!」
「初めてじゃねぇでしょ?俺とすんの」
「昔の話だろ!」
「昔、散々したんですから、今したって何の問題もねぇでさぁ」
大有りだ!っていうか、昔したのだって酔っぱらったお前がしてきただけじゃねぇか!
俺がそう続ける前に万事屋が興味深そうにじっと総悟を見つめながら言った。
「へぇ、沖田くんも男いけんの?」
「ちょ、万事屋?」
「沖田くん、俺のタイプだし。一度どう?」
はぁ!?タイプとかそんなん聞いたことねぇぞ!?
つーか総悟がタイプってことぁ、俺はまったくタイプじゃねぇってことじゃねぇか!!
「うーん、お断りしまさぁ。俺は黒髪でMっ気強くて弄りがいのあるのがタイプなんで」
なんだそれ。
でもまぁ良かった。
総悟まで万事屋がタイプだったらどうしようかと思った。
あからさまにホッとした俺を総悟がじっと見つめてくる。
なんだよ。
しょうがねぇだろ、ちょっと心配だったんだから!
っていうか総悟にもタイプとかちゃんとあるんだな。
何か偏った好みだったが。
「ふーん、趣味悪いね。沖田くん」
俺の思考を読んだかのように万事屋がそう言った。
思わず俺も頷きながらそれに同調する。
「そうだぞ、総悟。人の好みをとやかく言う気はないが、そんなマニアックな奴、探すの大変だぞ?」
「あー、ご心配なく。随分前に見つけてますから。」
そうしれっと言う総悟に俺は驚いた。
マジでそんな奴いるんだな。
感心している俺に総悟はなぜかため息をつきつつ、俺の腕を取る。
「巡回に戻りますぜ。」
「ん、あぁ。そうだな」
そう俺は頷いて、歩き出した総悟の横について行った。
「沖田くん、気が変わったら連絡してくれなー」
万事屋がそう声をかけたので俺は思わず振り返る。
振り返った俺に万事屋は不思議そうな顔で首を傾げたが、すぐに愛想笑いを浮かべてヒラヒラと手を振って挨拶をしてきた。
ホント、あいつどういうつもりだよ!
あいつを睨みつけた後、隣を歩く総悟に話しかけた。
「そ、総悟。ダメだぞ。行っちゃダメだからな?」
「はぁー。行くわけねぇでしょ?」
「ホントだな?信じるからな?」
「っていうか、うぜぇんですけど。」
「にしてもあいつ、総悟がタイプだったのか…。知らなかった…。」
そうだよなぁ。
俺は横にいる総悟をじっと見つめた。
確かに俺と総悟のどっちかといったら、可愛らしい顔立ちの総悟の方がいいよな。
総悟の方が小柄だし。
まぁ性格に難はあるが、可愛いところもあるしな。
悪魔でドSっていうかなり難のある性格だが。
「土方さん。」
「あ?なんだよ」
「なんか、とてつもなく失礼なこと考えてませんかぃ?」
なんでばれたんだ!?
さすが悪魔、心まで読めんのか、こいつ
「い、いや、考えてねぇよ」
「考えてたんですねぃ。」
「考えてねぇって言ってんだろ!」
「顔に書いてありまさぁ」
思わず顔に手をやった。
「って言われて顔に手をやったら、失礼なこと考えてたって証拠ですぜぃ?」
「違う!今のはちょっと、そう!つられただけだ!」
そう言い訳しながら俺は脚を早める。
そんな俺に歩調を合わせつつも、総悟は珍しく考え事をしているような顔をしていた。

***

結局、徹夜までして書類の処理を早めたというのに、向こうの都合で江戸城入りは延期になった。
ったく、いい加減にしてくれよな。
こっちは予定立てて仕事つめたって言うのに…。
孫の誕生日だから宇宙旅行に行くだぁ?
ホント大丈夫かよ、この国は…。
自室でイライラしながら、煙草を吹かしていると、珍しく総悟が巡回に誘ってきた。
ホント、珍しい。
いつも寝てるこいつをひっぱたいて起こして連れて行くって言うのに…。
俺が訝しげに見ていると、総悟がやはり何か企んでいるらしく、ニヤリと笑ってきた。
「なんだよ。」
「俺じゃなくて、近藤さんと行って来てくだせぇ」
「はぁ?何でだよ。っていうかてめぇ、サボるのかよ」
「違いまさぁ。俺はちょっと重大な用事があるので、近藤さんに代わってもらったんでさぁ」
「重大な用事だぁ?」
「へい。縁側でお昼寝でさぁ」
「それのどこが重大なんだ!!」
「冗談でさぁ。」
そう言う総悟をとっちめてやろうとしたところで、近藤さんに巡回に行くぞと声をかけられた。
総悟がサボるからと断ろうとしたが、二人で巡回なんて久しぶりだなとどこか楽しそうな近藤さんに、そうも言えず仕方なく、二人で巡回へと出かける。
確かにこうやって近藤さんと二人で歩くのも久しぶりな気がした。
町を歩きながら近藤さんがいきなり俺の腰を両手で掴んでくる。
「うわ、なんだよ。近藤さん」
「いや、総悟が心配してたぞ?トシの奴が痩せたんじゃないかって」
「そうか?」
「うん。ホント痩せてるな。」
神妙な顔で頷く近藤さんに思わず笑みが浮かんできた。
「つーか、掴んだだけで解んのかよ」
「いや、よく解らん」
「なんだよ、それ」
小さく笑うと近藤さんが顔を曇らせながら尋ねてくる。
「お前にばかりしわ寄せがいってないか?ホントに大丈夫なのか?」
総悟の奴、大げさに近藤さんに伝えやがったな。
特に仕事が多かったのはここ1週間だけのことじゃねぇか。
「大丈夫だよ。山崎とかにもやらせてるし」
「ほんとかー?お前、いっつも無理して自分でやっちまうからさー。少しは俺にも回していいんだぞー?」
近藤さんがぶつぶつと拗ねたように言いながら肩に頭を預けてくる。
仕事をせずにすぐにストーカー行為に走るところに呆れもするが、こういうところが憎めなくて困る。
「あんたは真選組の要なんだから、煩わしい書類整理なんかする必要ないんだよ。」
「それを言うならトシだって要だろー?だからさぁ」
「解った解った。ちゃんとあんたにも仕事回すから。」
「よし!約束だぞ!」
そう言って顔を上げるとニカリと笑いながら小指を差し出してくる。
これは指きりをしようということか?
こんな道の往来で?
俺が戸惑っていると、近藤さんが俺の手を取って小指を絡めた。
「ゆびきりげんまーん、嘘ついたらマヨネーズ禁止にさーせる!指切った!」
「はぁ!?ちょ、なんでマヨネーズ!?」
「トシにはこっちの方が効くだろー?」
「じゃ、あんたも仕事滞らせたら、お妙さんに会いに行くの禁止だからな!」
「え!?それは勲、困るー」
口元に両手を当てて身体をくねらせる近藤さんに思わず呆れた。
「いや、全然可愛くねぇし。大体、俺だってマヨネーズ禁止されたら困るんだから、あんたも困れ!」
「えー。トシ横暴―」
「どっちが!?」
そう言う俺の頭をポンポンと撫でながら近藤さんらしい笑顔で言った。
「まぁなんにしろ、お前が元気ならいいんだけどさ」
「…俺はいつだって元気だよ」
「そうか」
ニコニコと笑いながら俺の頭をくしゃりと撫ぜてくる近藤さんに、思わず顔が綻んでしまった。
ホント、この人のこういうとこ弱いんだよなぁ。
なんか安心するっていうか。
父親みたいなとこあるよなぁ。
年はそんなに変わらないはずなのに…。
こういうところがおっさんって言われちまうのかな、近藤さんは。
そこも近藤さんのいいところだけどな。
そんな事を考えながら近藤さんに向かって微笑んでいると、聞き覚えのある声がした。
「あれー?土方くん、なんでいるのー?」
万事屋だ。
なんでいるの?だぁ!?
悪かったな!
城行きが延期になったんだよ、バカ野郎!
思わず眉間に皺を寄せた俺に近藤さんが慌てて眉間に指を当ててくる。
「ちょ、トシ、すごい皺。そのまま固まっちゃうよ?」
「へ?あぁ、うん、悪ぃ。」
近藤さんに言われて俺は思わず謝りながら、眉間の皺を自分で解した。
それを笑顔で見たあと、近藤さんが万事屋に向き直った。
「万事屋じゃないか。トシの予定、よく知ってるな。」
「うん、まぁねー。だから何でいるのかなぁって」
「それが城の連中の都合で急遽延期になってさぁ。トシのやつ、あんなに仕事頑張ってたのにさぁ。ほら、見ろよ。この細くなった腰を!」
そう言いながら近藤さんがまた俺の腰を掴む。
「ちょ、やめろって。大体あんたさっき掴んだだけじゃ解んねぇって言ってたじゃねぇか。」
「はは!まぁな!最近、体重計乗ったか?」
「女じゃあるまいしわざわざ乗らねぇよ。」
「え?俺は毎日の日課にしてるぞ?メタボになるとお妙さんに嫌われるからな!」
いや、メタボ云々はあんまり関係ないんじゃ、と言いそうになったがなんとなくやめておいた。
でも胸を張って言う近藤さんがなんとなくおかしくて思わず笑ってしまう。
「なにがおかしいんだよー」
「いや、別に。」
「言えよー」
近藤さんはそう言いながら腰を掴んでいた手でくすぐってきた。
「わ、バカ。ちょ、くすぐってぇって!」
「参ったか!」
「参った、参った。」
俺が笑いながらそう言うと近藤さんは満足そうに手を離すと「で、なんの話だっけ?」と首を傾げた。
「なんだ、それ。もう忘れちまったのか?」
「まぁな!お、そうだ。巡回の途中だったな。」
「あぁ。そうだな。」
近藤さんに頷いて見せながら万事屋の横を通り過ぎる瞬間、腕を掴まれる。
「っと、なんだよ。」
「ゴリラ。土方くん借りてもいい?」
「はぁ?何言ってんだ、お前。」
「俺はゴリラに聞いてるの。土方くんは黙ってて」
万事屋に満面の笑みで言われて、俺は口をつぐんだ。
なんだ?
なんか機嫌悪くねぇか?こいつ。
「いや、俺たち巡回中だしなぁ。っていうか俺はゴリラじゃな」
「局長と副長が連れ立って巡回する必要ねぇだろ?」
近藤さんの言葉を遮って万事屋が続けた。
「いや、俺は総悟の代わりなんだよ。総悟の奴なんか用があるからって」
「ふーん。」
万事屋はゆっくりとそう相槌を打つと、じっとどこかあらぬ方向を見つめた。
そして急に少し大きな声で言った。
「あーあ!誰か土方の代わりに巡回行ってくんねぇかなぁ!!」
何言ってんだ?こいつ。
俺と近藤さんが怪訝な顔をしていると、どこからか総悟と山崎が顔を出した。
「土方さんの代わりは山崎がつとめまさぁ、近藤さん」
「お?そうか。じゃ行くかザキ」
「え?あ、はい」
そう言って山崎と連れ立って行こうとする近藤さんに俺はハッとなった。
「いやいや、その前になんで用がある総悟がここにいるんだよ!」
「用がさっき済んで通りすがったんでさぁ」
「山崎は何でここにいる」
「俺の用事の付き合いでさぁ」
「で、お前の用事ってのは」
「あ、旦那。土方さん、明日非番なんで」
俺の質問には答えず、総悟は俺の腕を掴んだままの万事屋に向かって言った。
「ふーん、そう」
万事屋はいつもの調子で返すと、俺の腕を掴んで歩き出した。
「ちょ、どこに行くんだよ」
「手っ取り早く近くのホテル」
「なんでこんな真昼間から!」
「いいから。ほら、ちゃんと歩いて。それともここで犯られたいの?ゴリラの前で?」
耳元で囁かれた言葉に俺は言葉を失う。
その視線もその口調も今まで聞いたことのないものだった。
激しい感情を灯した目と何かに苛立っているような口調。
よく解らないが逆らわない方が良さそうだと判断した俺は大人しく万事屋について行くことにした。

***

ホテルの部屋に入ると、部屋の入り口付近で口付けられながら早急に服を脱がされた。
「ちょ、待て。ベッドで」
「ダメ。」
俺の言葉を遮って下着を剥ぎ取るといきなり突っ込んできた。
「っく、てめ、いきなり」
「大丈夫。すぐ慣れるよ」
「つ、いてーって」
生理的に滲んできた涙を万事屋に舐め取られた。
顔中に口付けを施しながら俺の物に指を這わせて扱いた。
徐々に身体の力が抜けたのを見計らって万事屋が奥へと入ってきた。
「全部入ったよ。動いていい?」
「まだ、っあ!あぁ、まだって、んっんぁ!」
俺の返事も聞かずに腰を動かす万事屋に、言葉が続けられなかった。
耐え切れない快感の嵐と、それに伴って上がる自分の声に耳を塞ぎたくなる。
だがそれも最初だけで、あとはもう快感に翻弄されて、いつも頭が働かなくなる。
結局、風呂場やベッドの上でも散々つき合わされ、最後の方は朦朧としていて記憶にない。
いつの間にか気を失ったらしく、目を覚ました俺はぼんやりとした頭であたりを見渡す。
布団の中には万事屋もいて、静かな寝息が聞こえた。
身体を少し起こして眠っている万事屋を見つめていると、小さく身じろいでゆっくりと瞼が開いた。
ばっちり万事屋と視線が合ってしまった俺は思わず身体をびくつかせる。
万事屋は寝ぼけているのか腕を伸ばして俺を自分の下へと引き寄せた。
その腕の中に納まりながら、少しずつ胸が不安でざわつき始める。。
こいつの頭に中になるのは俺じゃなくて、いつも傍にいる女じゃないんだろうか?
俺はここにいちゃいけないんじゃないか?
きっとそうだ。
万事屋は寝ぼけて勘違いしてるに違いない。
このままだと目が覚めて驚いた万事屋の顔をみることになるかもしれない。
いや、驚くだけならまだいいが、嫌な顔でもされたら堪らない。
そっと腕から抜け出そうと動くと、万事屋の腕が強く絡まってきた。
ちっ、これじゃ起きれねぇじゃねぇか。
勘違いしてんだから放せって。
「どこ行くんだ?」
ごそごそと腕を外そうと苦心していると寝ぼけた口調で万事屋に声をかけられた。
げ、勘違いに気付かれる。
「土方?」
え?
俺?
驚いて万事屋を見ると、キョトンとして俺を見る万事屋と目が合った。
「今日、休みなんだろ?」
「え、あぁ、まぁな。」
「じゃ、もっと寝てろよ。っていうかホント痩せてんぞ、お前。ちゃんと食ってんのか?」
「…マヨネーズはちゃんと食ってたぞ」
「バカ。マヨネーズは主食じゃねぇだろ。とりあえず起きたら飯食いに行こうぜ」
「あぁ。」
そう返事をすると、万事屋は再び寝息を立て始めた。
よく解らないが、とりあえず俺を誰かと勘違いしてるわけじゃないらしい。
じゃぁここにいていいのか。
俺はなんとなくそう納得しながら万事屋へと寄り添った。
すると身体に回されていた万事屋の腕に力が込められる。
その心地のよさに、この前見た女のことはとりあえず忘れてしまおうと心に決める。
先延ばしにしても万事屋との関係はきっとこれ以上変わらない。
それでも、今だけは。
ここにいてもいいと許される間だけは何も考えたくなかった。

執着

ベッドの中で身体を寄せてきた土方を、俺は強く抱き締めた。
大丈夫、土方はちゃんと俺が好きだ。
何度も心でそう唱える。
唱えていないと先ほど見た土方の顔がちらつく。
ゴリラに見せた土方の笑顔。
土方は俺にあんな顔、見せたことない。
付き合い始めはあったのかもしれねぇけど…。
いや、ないな。
ゴリラへのあの笑顔は長年、あのゴリラが土方の隣にいるからこそ向けられたもんだ。
恋人とはいえ、俺に見せてくれたことはない。
しかも、最近の土方はいつだって何かいいたげな顔か、傷ついた顔、怒った顔しか見せてくれねぇ。
全部俺のせいだ。
土方の巡回ルートを女連れて歩くからそういう顔しか見せてくれねぇ。
そんなことは解ってる。
でもどうしても確かめたくなってしまう。
ずっと好きだった土方と、酔った振りして身体を繋げた。
きっかけがそれだったから、土方は流されるように自分と関係をもったんじゃないか?
付き合い始めてからもずっとそれが不安だった。
でもある日、単なる依頼人だった女と一緒にホテルから出てきたとこに土方と出くわした。
女からはストーカー被害あってるから彼氏の振りをして欲しいと言われてホテルに入っただけ。
それなのに俺を見た土方の顔は、心底辛そうに歪んだ。
土方のその顔に俺の中の何かが満たされていく気がした。
土方はちゃんと俺が好きだ。
俺の隣にいる女に嫉妬してる。
その顔を見ただけでそう感じられた。
あの瞬間の快感は言いようもない。
土方ははっきり、俺に好きだとは言ってくれない。
でも俺が女と歩いているところを見せれば、嫌そうに顔を歪めて泣きそうになる。
俺にとって連れ歩く女はどうだっていい。
キャバ嬢とかその辺を歩いていた商売女だけど、一度たりともそいつらと寝たことない。
俺が触れたいと思うのも、抱きたいと思うのも土方だけだ。
俺ばっかりが好きだと思ってた。
だから自分の行動や言葉で土方が顔を歪める度にホッとしちまう。
土方は他のどんな奴よりも俺が好きなんだって。
そう心から実感できる。
だからどうしても女を連れて土方の前に立つ事をやめられねぇんだ。
ごめんな、土方…

***

それからも何度か女を連れて土方の巡回ルートを歩く。
土方はその度にちゃんと反応を示してくれた。
今日も土方の反応を確認してからキャバ嬢になけなしの金を払って別れる。
ツケがきく団子屋に腰掛け、気持ちよく糖分補給をしていると沖田くんがやってきた。
さっきまで土方の隣を歩いていたはずだ。
サボリかなにかなんだろう。
でも土方がいないんじゃ沖田くんに興味はない。
だから話し掛けることもなく団子を口に運ぶ。
「なんでぃ、旦那。無視ですかぃ」
「なぁに?話し掛けて欲しかったの?」
「ツレナイですねぃ。俺のことタイプとか言ってたくせに」
いつの話を持ち出してるんだか。
そんなの土方の気を引きたくて言ったに決まってる。
それぐらい沖田くんは解ってるはずなのに、イチイチそういう物言いをするところが可愛くない。
「俺そんなこと言ったっけー?」
あえてとぼけて返すと沖田くんはそれ以上、追究することもなく隣へと腰掛けてくる。
あぁ、ここに土方がいてくれればなぁ。
ヤキモチ妬いてくれっかもしんねぇのに。
土方がいないんじゃ何の意味もねぇ。
ぼんやり俺がそう考えていると、沖田くんが「万事屋の旦那」とどこか真剣味を帯びた声で呼んでくる。
面倒な話なのかよ。
いやだねぇ。
俺そういうの嫌ぇなんだけど…
「なに?」
「いい加減にしてくだせぇ」
「なんなの?藪から棒に」
「あの野郎はホント考え過ぎちまう、ばか野郎なんでさぁ。だから試すだけなら他の方法にしねぇと取り返しのつかないことになりますぜ?」
…土方の話か。
ホントこの子もしつこいな。
土方は俺の恋人なんだよ。
どんなにお前が好きでも、もうあいつは俺もんだ。
誰にもやらねぇ。
俺と土方のことを誰にもとやかく言われる筋合いはねぇ。
いちいち、土方のことを気に掛けてくる沖田くんが気にくわねぇから、俺は空とぼける事にした。
「だからなんのこと?」
俺がまともに取り合わないことに気付いたのか、沖田くんは少し殺気を飛ばしながら俺へと視線を向けてくる。
ガキの殺気なんざ今さらビビリもしねぇけどな。
「…土方さんのこと好きなのはあんただけじゃねぇんですよ」
解ってるよ。
お前もそうだし、あの地味な忠犬だってそうだろ?
でも土方が付き合ってるのは、土方が好きなのは俺だ。
ゴリラでも可愛い弟分でも従順な部下でもねぇ。
それが解っている俺は沖田くんの言葉にも余裕を消す事はない。
「へー。おたくの副長って色男だし女にモテそうだもんねぇ」
「えぇ。男女問わず人気者ですぜ。昔からねぃ。俺もずーっと好きだったのに天パの浮気野郎に取られてムカムカしてまさぁ」
正直な子だねぇ、ホント。
こういうところは子どもらしいというか何というか。
まぁ俺にはどうでもいいことだけどよ。
「ふーん。副長さん、恋人いるの?さぞかしいい男なんだろうねぇ」
「恋人じゃねぇみてぇですぜ?俺が聞いたら違うようなこと言ってたんで」
おいおい、とうとう嘘までついたよ、この子。
土方がはっきり違うという訳がない。
土方はおそらく沖田くんやゴリラに俺と付き合ってることなんて説明しない。
沖田くんが気付いただけであって、土方は自分からそういうことを公言したりしねぇし、逆にはっきり否定したりもしねぇはずだ。
それにたとえ人前で否定したとしても、土方の顔を見れば解る。
あいつは俺が好きだ。
今日だってちゃんと傷ついてくれてた。
「そうなんだ。じゃぁ早くちゃんとした恋人できるといいね。副長さん美人だし、すぐ相手が出来るんじゃねぇの?」
俺は適当に話を合わせつつそう言うと立ち上がる。
これ以上くだらない話に付き合う気はない。
ヒラヒラと手を振りながら「じゃぁね、沖田くん。副長さんによろしく」と言って団子屋を後にした。
「…えぇ、よろしく言っときまさぁ」
背後から聞こえてきた殺気を交えた声に振り返る気はなかった。

***

今日も今日とて女を連れて土方の元へと向かう。
「ねぇ、銀ちゃん、ホントに歩くだけでお金くれるの?」
「あぁ。払う払う。そのかわり通常の4割だけな」
「えぇ、4割ぃー?まぁいっか。楽だし」
女はそう言って俺の腕に自分の腕を巻きつけてくる。
きつい香水が鼻につく。
その点、土方は香水なんか振りまかなくてもそこにいるだけで匂い立つ色気がある。
ストイックなあの制服もいい。
中途半端に乱して泣きながら腰を揺らす土方。
それを思うだけで興奮する。
今日の夜は土方を万事屋に連れ込もうかな。
前ヤッテから少し経ってるし。
うん、そうしよう。
そんな計画を立てつつ、話し掛けてくる女の話に適当な相槌を打つ。
向こうから1人で歩く土方が目に入った。
今日は誰ともペアじゃないらしい。
ってことは、俺と女を見た瞬間、踵返しちまうかな。
…まぁいいか。
土方の視線が俺の捉える。
俺の姿と同時に俺の隣にいる女も目に入ったんだろう。
土方の綺麗な顔が歪む。
あぁ、今日も大丈夫だ。
思わず俺は心の中でホッとする。
いつものように踵を返してどこかへ行くかと思ったが、今日は俺にまっすぐ近づいてきた。
「万事屋」
「ん?どうしたの?土方くん」
「少し話がある」
土方くんからのお誘いなんてめっずらしー!
せっかくのお誘いだし、こんな女、すぐにでも捨てて土方の相手をしたい。
でもすぐには乗ってやらない。
「あとでいい?」
「いや、すぐに済む」
え?すぐってなに?
ホテルに行くんじゃねぇの?
「遊びはしめぇにしようや。てめぇもフラフラしてねぇで一人の女に絞れ」
「…は?なにそれ」
俺の問いには答えず、土方は踵を返す。
ちょ、何それ!
全然わかんねぇし!
俺は慌てて土方の腕を掴んだ。
「ちょ、まってよ土方。今のどういう意味?」
「用件はもう済んだ。いつまでも女待たせてんじゃねぇよ」
土方はそう言ってチラリと隣の女に目をやる。
その視線を受けて女が顔を赤くして土方を見つめ返した。
虫唾が走る。
俺の土方をそんな風に見るんじゃねぇ。
お前程度の女を土方が相手するわけねぇんだからよ。
土方は俺が好きなんだ。
そう言ってやろうとした瞬間、女は俺から腕を離して懐から名刺を取り出す。
それを手に土方に近づきつつ、触れようとした。
俺は思わず女の腕を強く掴む。
「や、痛い!」
「おい、万事屋?なにやって」
「…触んな」
「別に俺が触ろうとしたわけじゃ」
なぜか土方は俺が土方に対して怒ってると思っている。
困ったような顔をしている土方のスカーフを女の腕を掴んでない方で掴み、自分へと引き寄せる。
「っんっ…ゃめ…ふっ…ぁ」
土方が弱いところを重点的に攻めると土方の身体から少しずつ力が抜けてくる。
くったりと俺にもたれかかった土方を抱きとめながら女を睨みつけた。
「人の物に許可なく触んないでくれる?」
「な、なによ。本番なしで町うろつくだけだからって格安で出張仕事受けてあげたのに!最低!!」
女は俺の腕を振り払って走り去って行った。
それを見送っていると腕の中の土方が小さくみじろぐ。
そうだ。
まださっき言われたことを問い詰めてねぇ。
「なぁ、さっきのどういう意味だよ」
「…お前、俺と別れたいんだろ?」
はい?
誰がそんなこと言ったわけ?
え?なんで急にそんなことになったの?
俺は訳が解らず土方の言葉を待つ。
「俺と別れたいけど、そう切り出せなくていろんな女連れ歩いて俺から別れようって言わせようとしてるんだろ?」
「え?ちょっと待って、土方」
「こんないつ死ぬかも解らない仕事をしている男の俺なんかより、柔らかい身体と次を産み落とせる機能のある女の方が誰だって良いに決まってる…」
「土方、待てって」
「ホントはもっと早く言うべきだったんだよな。俺なんかがお前を独占できるわけがねぇって解ってたのに…。少しでも長くお前と一緒にいたくて言い出せなかった。ホント悪ぃ…」
全然、俺の話聞いてねぇし!!
俺の肩に顔を埋めて俺の方を見ようともしねぇ。
「土方!こっち向け!」
無理やり顔を上げさせると、その顔は涙に濡れていた。
その顔はそそられるけど、今はそれどころじゃねぇ。
このままじゃ土方が俺から離れちまう。
そんなの我慢できねぇよ。
土方は俺だけのものなのに…!
「土方、ちゃんと話してくれなきゃわかんねぇよ。なんで急にそんなこと言い出すんだ?」
「…急じゃねぇ。ずっと考えてた。いつもいつ言い出そうか考えてた」
「ずっと別れようと思ってたってことか?」
「あぁ。」
しっかりと頷く土方に俺は心拍数が上がった気がした。
「ちょ、待て待て。俺はお前と別れる気はねぇよ?」
「気を遣わなくていい。俺は大丈夫だ」
いや、だから何が大丈夫なんだよ!
俺は全然、気なんか遣ってねぇし!!
あぁもう!
「俺はお前が好きなんだよ!だから別れたくねぇんだ!全然大丈夫じゃねぇよ!」
俺の言葉に土方がキョトンと首を傾げている。
この顔、可愛い。
初めて見た。
「俺と別れたいがために女をとっかえひっかえしてるんじゃないのか?」
「違うって!」
「でも総悟に俺にちゃんとした恋人作れって伝言したんだろ?」
「はぁ!?してねぇし!!」
そんな伝言を俺が沖田くんに頼むわけがねぇ。
「でも、総悟がこの前、お前と団子屋でそんな話をしたって言ってたぞ?」
「団子屋ぁ?確かに沖田くんとは話したけど、そんな話…」
俺は沖田くんとの話を思い出す。
え?ちょ、もしかして…
『早くちゃんとした恋人できるといいね』
『副長さんによろしく』
『…えぇ、よろしく言っときまさぁ』
この会話か!?
この会話がもしかして土方に伝えられてるわけ!?
あのクソガキぃー!
「違う違う!全然意味違ぇから!!」
「…じゃぁ何でいつも女をとっかえひっかえ連れ歩いてるんだ?さっきの女の話からしてセックスが目的じゃねぇんだろ?」
怪訝な顔で土方がそう尋ねてくる。
え?もしかしてこれ、説明しなきゃいけない流れ?
でも変に誤魔化すと土方の奴また別れるとか言い出しかねねぇし…。
仕方ないか。
土方と別れるくらいならバラしちまった方がいい。
「…お前さ、俺が女連れだとお前、泣きそうな顔すっだろ?」
土方は小さく身体を強張らせる。
土方にしたら俺に気付かれてないと思ってたんだろう。
「それ見てホッとしてた」
「え?」
開きぎみの土方の瞳孔がさらに見開かれた。
少し気まずく思いつつも俺は続ける。
「俺さ、最初があんなんだったし、土方はなんとなく流されて俺に抱かれてんだと思ってたんだ」
「な!!」
「うん、違うよな。お前はそんな奴じゃない。でも最初は解んなくて女連れの俺を見たときのお前の顔見てわかったんだ。お前もちゃんと俺が好きだって…」
土方の顔がまた泣きそうに歪みはじめてる。
でも今さらここで取り繕っても意味がねぇ。
ちゃんと俺の気持ちを理解してもらわねぇと土方はきっと俺から離れることを選ぶ。
「俺、お前のことホントに好きなんだ。正直言えばお前を始めて誘ったときだって実際全然酔ってなんかなかった。お前だから、お前が好きだから誘ったんだ」
俺がそう言い切ると土方がポスッと俺の肩に顔を埋めた。
少しくぐもった声が肩口からする。
「ほんと、か?ホントにお前は俺が好きなんだな?信じて、いいんだな?」
「あぁ。好きだよ土方。お前は?」
そう尋ねると俺の背中に腕が回される。
それと同時に小さな声で「…好きだ」と呟くのが聞こえた。
「うん、まぁ知ってるけどな」
そう言いながら俺も土方を抱きしめる。
俺の言い方が気に入らなかったのか、背中に回されていた土方の手に背中を抓られる。
「いって!」
俺が顔を歪めると土方が涙の後が残る顔でふわりと微笑んだ。
ゴリラに見せた笑顔とはまた違う笑顔だ。
もっと早くちゃんと気持ちを伝えていれば俺はこの笑顔を独り占めできたのかもしれねぇ。
惜しい事したな…。
まぁこれからもこの笑顔はずっと俺だけのモンだけどよ。


END
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