ただ好きなだけ


「好きだよ、土方…」
そっと耳元に囁きながら顎の輪郭を唇でなぞる。
土方は凍りついたかのように動かない。
それでも俺は夢にまでみた土方の唇に吸い付く。
柔らかくかすかに苦味を走る煙草の香り。
その中に煙草じゃない苦味を感じて少し乱暴に舌を絡め取る。
土方の瞳から涙が一筋落ちる。
まだ息苦しさで泣くほど口付けていない。
だからこの涙はきっと違う理由からだ。
ホントは土方のこんな顔が見たいわけじゃねぇ。
あいつに見せていたみたいに立場も何もかもを忘れたような顔をさせたかった。
でも、俺には出来ない。
土方自身がはっきり俺にそう言った。
あいつと土方が路地裏で話すのを見かけたのは偶然だった。
編み笠とド派手な女物の着物。
そんな姿が目の端に映ったからまたよからぬことでも企んでいるのかと後をつけてみた。
今考えればあんな奴のことなんか放っておけばよかった。
そしたら土方はずっと俺の片想いの相手でいてくれたかもしれない。
路地裏であいつを迎えたのは嬉しそうに綺麗に微笑んだ土方だった。
あんな顔、俺は見たことない。
ゴリラや総一郎くんといたってあんな顔したことないくせに。
なんであいつの顔を見ただけでそんな顔をするんだよ。
よりにもよって!
お前の天敵の高杉なんかに!
高杉が土方をどう想ってるなんか俺には関係ない。
土方自身が高杉を好きだってことだけが重要だった。
ずっとずっと見てきたのに。
花見でつっかかってきたときも俺を意識してくれてるみてぇで嬉しかった。
お前も俺を認めてくれてたんじゃねぇのかよ。
いつだってお前の近くにいて口喧嘩してたのはそいつじゃねぇ、俺だっただろ?
真選組と万事屋っていったらグループぐるみで腐れ縁じゃねぇか。
何かといえば俺たち張り合ってよく一緒に行動したりしてたよな?
なのになんでお前はそいつを好きになったんだよ。
なんで俺じゃダメなんだよ。
なんでだよ、土方…。
俺がこんなに!
こんなにお前のこと好きなのに!
どうしてお前は俺を好きにならねぇんだよ…。

***


「見ぃちゃった」
高杉が出てしばらくした後、土方も路地裏から出てきた。
隠していた気配を現しながら土方へと声をかける。
案の定、土方は驚きで顔を強張らせた。
「よ、ろずや」
「よう。不良警官がこんな路地裏で密会とかまずくね?」
「誰かに言ったら殺す」
「お前が?俺を?無理じゃね?」
刀を抜きかけた土方の腕を一瞬早く俺が掴む。
そのまま再び路地裏へと押し込んで土方を壁に押し付ける。
これで土方は刀を抜けないし逃げ出す事もできない。
こんな小さな動きにも俺と土方の実力差が出る。
それは土方にだって解ってるはずだ。
いまでも現役で生きてる高杉の空気によく触れる土方なら尚更だ。
「お前に俺は斬れねぇし、勝てねぇ。解るだろ?」
耳元でそう囁いてやるといつも以上に瞳孔を見開いて睨みつけてくる。
いつもの顔だ。
でもさっきあいつに見せた顔が俺の頭にちらつく。
「なんでお前、高杉なんかと付き合ってんの?」
「てめぇには関係ねぇ」
「あれ?ばらしてもいいわけ?ゴリラの奴、びっくりするだろうなぁ。大好きな親友が裏切って敵と内通とかさぁ」
「俺は情報を漏らした事はねぇ!」
「あぁ、じゃぁなに?あいつに組み敷かれてアンアン喘いでるだけですってゴリラに弁明するの?まぁ俺はどっちだっていいけどよ」
「…近藤さんには言うな」
「あぁ、いいぜ。黙っててやる。」
俺がそう言うと土方は心底驚いたように俺を見返してくる。
どうやら俺がホントに誰かにバラスと思ってたらしい。
そんなことして土方が切腹なんかになったら困る。
俺は土方が好きなんだぜ?
お前は知らねぇだろうけどさ。
「何が目的だ。金か?」
「うーん、金は別にいらねぇや。」
「だったら何だよ」
「俺と付き合ってよ」
「は?」
「あいつより俺の方がお前の傍にいれるじゃん?あいつより俺の方が強いし、いつだって護ってやれる」
俺の言葉に土方の柳眉が寄った。
「…俺は、あいつに護ってもらいたくて付き合ってるわけじゃねぇし、傍にいてくれなくても、会いたいときに会えなくても俺はあいつが好きだ。」
土方は静かに高杉への気持ちを語った。
それが俺への言葉ならどんだけ嬉しいか。
逆に言えばあいつへの気持ちを言われても俺には腹立たしいだけってことだ。
「ふーん。ベタ惚れなんだ。でもダメ。あいつと別れて俺と付き合って。だって俺、土方のこと好きだもん。付き合ってくれなきゃお前と高杉のことばらす。」
俺はそう言いながら土方を視線を合わせる。
土方の薄墨色の瞳が目の前にある。
こんな至近距離で土方と見つめ合うのは始めてだ。
できれば土方のまとう空気がもう少し雰囲気あるものだと良かったんだけど。
まぁこの状況でそれは無理か。
「…それでてめぇは満足なのかよ」
「ん?」
「ここで俺が頷けばてめぇはそれで満足なのか?」
「もちろん。」
「…わかった。」
土方は小さく頷いた。
ホント迂闊な子だなぁ。
俺だって解ってるよ。
土方はその場しのぎの嘘なんて平気で吐けるって。
「じゃ合意ってことで。」
俺はパッと刀を掴もうとしていた土方の手を離した。
そして土方のスカーフへと手を伸ばす。
白いスカーフに触れる瞬間、土方の手が俺の手の平を叩く。
「何のマネだ」
「何のマネって。それはこっちの台詞ですけど?俺たち今付き合ってんだろ?だったら抱かせてよ。それぐらい当たり前の事だろ?俺、嫌なんだ。俺以外の男がお前のいろんなこと知ってるなんて…」
そう言いながら再びスカーフへと手を伸ばしてするりと抜き取り地面へと落とす。
「嫌だ。なんて言わねぇよな?…だってお前は、俺の恋人、だもんな?」
そう見つめ合いながら言うと土方は俯いた。
否定の言葉はない。
土方にとって真選組は高杉なんかより大切なものだ。
真選組を選ぶなら、俺と付き合った方がお前のためだろ?
お前は間違ってねぇ。
あんな奴に土方はもったいねぇ。
「好きだよ、土方…」
そう耳元で囁くと土方は身体を固まらせたまま少し視線を上げた。
初めて触れた土方の唇は柔らかかった。
一瞬、口に煙草とは違う香りを感じたがすぐに舌で拭い去った。
土方の瞳から落ちる涙をそっと舌で舐め取ると揺れた瞳と目が合った。
不安げに涙をためた目で見つめられると俺の嗜虐心が煽られる。
これで土方は俺のものだ。
そう思いながら夢中になって唇を合わせ、隊服へと手をかける。
「随分、お盛んだなぁ」
聞き覚えのある声が背後からかけられた。
俺は思わず舌を打った。
「なにしてやがる銀時。それぁ俺のだぞ」
振り返ると片目を包帯で覆った高杉がいた。
「てめぇさっき帰ったんじゃねぇのかよ。」
「あぁ。そのつもりだったんだがなぁ。土方に呼ばれた気がして戻ってきたんだよ」
「誰も呼んでねぇよ。」
俺は高杉に向かってそういうと、自分の腕の中にいる土方に向かって声をかけた。
「土方」
「え?」
「お前は今、誰と付き合ってる?」
俺の問いに土方は口を噤む。
「土方!」
俺がそういうと土方は俯きながら「…万事屋」と小さく返した。
良かった。
そうだよな。
お前は今、俺の恋人だ。
「ほぅ。俺とは別れたのか?土方」
「そうだ!なぁ、土方」
「あぁ…」
土方は高杉や俺の方を見ずにそう返す。
高杉はどこか余裕気に笑みをたたえている。
「そうかい。まぁ勝手にしろや」
高杉の言葉に土方が顔を上げた。
泣きそうな顔だ。
その顔に高杉の笑みが深くなる。
次の瞬間、高杉が刀を抜いた。
土方の首筋を高杉の刀が触れる瞬間、俺の木刀で止める。
「てめぇ、なんのつもりだ。高杉」
「俺と土方の約束を果たそうとしたまでだ」
「約束?」
「あぁ。俺以外のモンになるなら殺して構わない。そうだったな?土方」
土方はどこかホッとしたように微笑みながら頷いた。
「そんな約束今すぐ反故にしろ、土方。でねぇとゴリラにばらすぞ」
「なんだよ。そんなことで脅してたのか。いいぜ?俺は一向にかまわねぇから早くばらせ」
俺の言葉に高杉がニヤリと笑って刀を俺の木刀から外し、鞘へとしまった。
「てめぇがばらしてくれりゃ土方は正真正銘俺だけのモンだ」
「お前の感情は関係ない。土方がばらされるのを嫌がってる。それだけで充分だ。」
「じゃぁ俺からも条件をくれてやる。土方。今後一切銀時にその身体触らせんじゃねぇ。もし指一本でも触られせてみろ。てめぇがなんと言っても俺はてめぇを浚って俺の船に一生閉じ込めてやる。じゃぁな」
高杉はそう言うと踵を返した。
それを目で追った後、土方は一言。
「…悪ぃけど、やっぱお前とは付き合えねぇ」
そう言って高杉が出て行った路地裏と反対側へと小走りで向かった。
あーぁ。
振られちまったなぁ。
まぁ解ってたけどさ。
でも明日、普通に声かけたらきっと土方は普通に返してくれるんだろうな。
周りに疑われないために。
でも俺も触らないよう気をつけねぇとな。
あいつにこれ以上、土方を独占されたらたまらねぇ…。


  END


***

後日談(過去拍手から移転)

「ひーじかーたくん!」
巡回中だった土方に、俺がそう声をかけると土方の顔が小さくひきつった。
でも隣に沖田くんがいるから、俺を避けたりはしないはず。
そう思って声をかけた。
案の定、土方はしかめ面しながらも「なんだよ」と俺に言葉を返す。
それに思わず笑みが浮かぶ。
「団子奢ってよ。銀さん、パチンコで負けちゃってさぁ」
黙って俺を睨みつけたあと、嘆息を吐いて財布を取り出そうとしている。
「あれ?奢ってやるんですかぃ?土方さん」
それを見て沖田くんが不思議そうにそう尋ねると、土方はなんでもないことのように「しつこく絡まれるのも面倒だからな」と返している。
「お金だけじゃなくて土方も来てよ」
「あ?」
「一緒に団子屋に行こうって誘ってんの」
俺がそう言うとしかめ面がいっそう歪む。
「…今は仕事中だ」
「別に仕事上がりでもいいけど?」
俺の誘いをどう答えようか土方が考えあぐねているのが手に取るように解る。
俺としては別に団子屋に行かなくたって、土方がこうして俺の前に立って俺のことを考えてくれるだけでも十分だ。
「なんでぃ、デートの誘いですかぃ?旦那」
沖田くんが面白いことを聞いたとでも言うように目を輝かせている。
土方が俺に対して嫌そうな顔をしていても、たいてい土方は不機嫌そうな顔をしているからか、沖田くんは気にしていない。
いや、逆に土方が嫌そうな顔をすればするほど余計にそうさせたいんだろう。
「うん、まぁねぇ」
だから俺もあえてそれに乗ってみる。
「いやぁ熱いねぇ、ご両人。邪魔しちゃ悪いんで俺は帰りまさぁ」
「お前、そう言ってサボる気だろうが!」
走り去ろうとする沖田くんの首根っこを土方が素早く掴んだ。
それと同時に沖田くんは舌打ちをしている。
「なんでぃ。せっかく気を遣ってやったっていうのに…」
「いやいや、土方くん、照れ屋だからねぇ。そういう気遣い苦手なんだよ」
「てめぇも適当なこと言うんじゃねぇ」
そう言って俺を見つめる目には非難の眼差しが込められている。
俺は土方が誰と付き合ってるか知ってる。
そしてそれがここで口外することのできない相手だってことも。
でも、やめてやらねぇ。
あいつと違って俺はどうとうと土方と交際宣言だってできるし、沖田くんたちにそう認識を持たせることだってできる。
土方に触ることはできないから。とりあえず周りから固めていってやる。
たぶん、こんなことしても土方が俺を好きになることはねぇんだろうけど…。


END
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