名前


3/2の日記より抜粋


土方が船に帰ってきてすぐのこと鬼兵隊内である会議が開かれた



万「土方殿も無事に戻ってきたことだし、早急に土方殿をなんと呼ぶか決めねばならないでござる」

土「いや、っていうかさ」

万「なんでござるか?土方殿」

土「議題名がすでに“とおこさんをなんて呼ぶか会議”になってんだけど…」

ま「まぁここにいるほとんどが茶店で働く土方目当てに茶店に通ってた奴らっスからね。もうとおこでいいんじゃないスか?あれ?そういや平仮名で“とおこ”なんスか?土方」

土「いや別に考えてねぇ」

ま「じゃあ十四郎の十と子供の子にするっス!私とお揃いっスよ!」

武「なんだか十に子供の子だとゴロが悪くありませんか?それにまた子さんとお揃いっていうのも…」

ま「なにが悪いんスか!?」

武「ねぇ?晋助殿」

杉「そうだな…。子供の子はやめて湖にしたらどうだ。綺麗な感じもするしな」

土「別になんでもいいけど」

ま「っていうか晋助さま!今のはゴロが悪い方に同意したんスよね!?また子とお揃いが悪いとかそういうんじゃないっスよね!?」

万「問題はそこではござらん」

ま「いや重要な問題っスよ!」

万「漢字表記云々が問題でもお揃いが嫌なのかどうかが問題でもないでござる」

土「なんだ?」

万「一応みなにも集まってもらったでござるが、議題は彼らよりも拙者たちに向けたものでござる」

武「拙者たちとは?」

万「拙者を含めてまた子も武市殿も晋助も土方殿を土方と呼んでいるでござろう?」

ま「あたり前じゃないっスか!土方は土方っス!!」

杉「…外部に存在を知られる前に呼び方を変えろってことか?」

万「そういうことでござる」

武「まぁ確かにそうかもしれませんねぇ」

ま「ちょなんか私だけ置いてかれてる気がするんスけど!」

土「来島。忘れちゃってるかも知れねぇけど土方十四郎ってのは元真選組副長の名前なんだよ。あまり土方って連呼されて今の俺と土方十四郎が同一人物だってつながっちまうのはマズイんだ」

万「他の攘夷浪士たちにバレたりしたら面倒なことになるでござるよ」

武「それに土方殿としても幕臣たちにバレるのも嫌なんじゃないですか?」

土「そうだな…。これ以上、組に迷惑はかけたくねぇ」

万「そこで土方殿をなんて呼ぶかが問題となってくるのでござるよ」

武「解りましたか?猪女さん」

ま「うるさいっスね!わかったっスよ!でも土方って呼べないならなんて呼ぶっスか?」

万「それを話し合うための会議でござるよ。土方殿はなんて呼ばれたいでござるか?」

土「別になんでも構わねぇよ。お前らが呼びやすい名前にすればいい」

ま「え?私らがつけていいんスか?」

土「あぁ。女になった時にかつての名前は捨てたようなもんだからな…」

そう言ってそっと視線を落とし自分の腕の中にいる銀四郎を見る土方

そんな土方の隣にいた高杉がおもむろに口を開く

杉「別にそんな珍しい名字ってわけでもねぇだろ?土方呼びのままでもいいじゃねぇか。それにこの見た目だ。土方って呼ばれてるのを聞いただけじゃこいつと土方十四郎とが結びつかねぇよ」

武「…まぁ確かにそうですね」

ま「私らだって晋助さまから聞かされなかったら気付かなかったっスよ」

万「なるほど。では拙者らはそのまま土方殿と呼ぶことにするでござる。してぬしはどうするでござるか?晋助」

杉「あ?」

万「土方殿は対外的には晋助の妻ということになるでござろう?」

杉「隊内でもな」

万「いちいち細かいでござるな。まぁいいでござるが、そんな立場である土方殿を、部下たちが親しげに下の名を呼んでいるのに対し、ぬしが土方呼びでは不自然ではござらんか?」

杉「…ちっ、俺も名前で呼びゃいいんだろ?」

万「どこに行くでござる?」

杉「部屋に戻る。話し合いはしめぇだろ?…おい、行くぞ」

土「え?あぁ」

出ていく二人

万「やれやれ。あの様子では呼び名を直しそうもないでござるな」

武「まぁ晋助殿も外では気をつけてくれることでしょう。なにせ土方殿の安否にかかわることですし…」

ま「晋助さまは土方のこと名前で呼びたくないっスか?」

万「“とおこ”というのは所詮、仮初めの名ゆえ土方殿の名ではないでござるからな」

ま「…私らに呼び名をつけてもいいって言ってた土方もなんか悲しそうだったっス」

万「そうでござるな…」

武「ではこうしましょう」



ーーー


杉「土方」

土「なんだよ。つーか名前。いま河上に言われたばっかだろ?」

杉「対外的にはっつってたじゃねぇか。船内では構わねぇだろ」

土「それに慣れるとうっかり呼んじまうんじゃねぇのか?」

杉「そんなヘマしねぇよ。そんときゃちゃんと呼んでやるよ」

そう言いながら銀四郎を抱き上げている土方を抱き寄せる高杉

杉「十湖ってな」

耳元で呼ばれる言葉にくすぐったそうに首をすくめたあと、眉根を寄せながら軽く高杉の肩口を押しやる土方

土「そんな近づかなくても聞こえる」

杉「そういやぁてめぇの名前、呼んだことなかったな」

土「つい今しがた呼んでただろ?」

杉「そっちじゃねぇよ」

そう言って自分の肩に乗せられた土方の指先を手のひらで包む高杉

怪訝な顔をする土方の耳元に再び唇を寄せて言葉を告げる

杉「てめぇの名前は“十四郎”だろ?」

高杉の言葉に小さく身体を震わせる土方

杉「なぁ十四郎?てめぇを船に連れてくるとき、俺ぁ“土方十四郎”はもう死んだって言ったな?」

土「…あぁ」

杉「あれぁ撤回する」

土「何でだよ。俺はもう」

首を傾げつつ自分を見つめる土方が告げる言葉を遮って口を開く高杉

杉「死んでねぇよ。“土方十四郎”は死んでねぇ。」

そこで一旦言葉を止め、土方の指を掴んでいない方の手のひらで土方の頬を包む

杉「“土方十四郎”はその人生全てが俺のモンになったから世間から消えただけだ」

それを聞いて目を丸くした土方を笑みを浮かべて楽しげに見つめたあと高杉は土方の唇へと軽く口づける

杉「だからこの先、てめぇを“十四郎”と本当の名で呼べるのは俺だけだ。いいな?」


土「…あぁ。わかった」

ふわりと嬉しそうな笑みを浮かべてそう返したあと、土方から高杉へと口づける



ーーー

武「おやおや」

万「どうやら晋助しか十四郎とは呼べないようでござるよ?」

ま「せっかく船内では私らも十四郎呼びにしようって今決めたとこなのに…。残念っス」

万「それほど残念そうな顔には見受けられぬが?」

ま「だって土方がさっきと違って嬉しそうっスから!」

武「まぁそもそも十四郎と呼ぼうと決めたのは土方殿ためですしね。それでいいんじゃないですか?」

万「そうでござるな。…ただ」

ま「そうっスね…」

武「相変わらずですね。あの二人は」

ま「新婚みたいなものっスからねぇ。でもどう考えても銀四郎の情操教育によくないっスよ!私、銀四郎預かって来るっス!!」

万「あの様子であればすぐに二児も生まれそうでござるな」

武「次は女の子がいいですねぇ」

万「ぬしが言うとどうも違う意味に聞こえるでござるよ」

武「何故ですか?私はただのフェミニ」

万「お帰りでござる、また子」

ま「土方が真っ赤になりながら銀四郎手渡してくれたっス!そのあと晋助さまに引きずられて行ったスけど」

万「夫婦仲良くていいことでござるな…」



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