年越し



今年一年ももうすぐ終わり、新しい年が始まる。
そのせいかいつも以上の書類が土方の元へと運ばれていた。
来年度の予算に組み入れなければいけないもの、一年の報告としてまとめ上げなければならないもの、局長である近藤に目を通させなければならないもの。
次から次へとその内容を把握検討し、印を押したり書き込みを入れたりと分類をし続ける。
そうやって土方が副長室で黙々と仕事をしていると静かに襖が開いた。
書類を捲りながらちらりとそちらに目をやれば、いつも仕事の邪魔しかしない人物が部屋に入ってきた。
「何の用だ、総悟」
一番隊隊長沖田総悟。
常に土方を目の仇にしている彼が自分を手伝いにくるはずもない。
そう思った土方は用件を問うた。
「忙しいですかぃ?」
「見りゃわかんだろ?」
「じゃぁちょっと付き合ってくれませんか?」
捲り続けていた書類の手を止め、土方は沖田を見上げる。
その表情はいつものようにポーカーフェィスで何を考えているかはよく解らなかった。
しかし沖田の誘いに付き合う気は土方にはなかった。
「無理だ。忙しい」
一言そう返した後、再び書類へと視線を戻す。
そんな土方を見つめていた沖田は黙って部屋の中へと足を進めた。
沖田が土方の部屋で嫌がらせのように惰眠を貪るのは常のことなので、入ってきた沖田に土方は咎めることもせず、ただただ書類の中を泳ぐ文字を追った。
次の瞬間、追っていたはずの文字が揺れる。
背後からの衝撃に土方は薄れ行く意識を必死に手繰り寄せながら衝撃の原因を睨みつけた。
「って、め…」
土方が必死に紡いだ言葉はそのまま途切れ、土方は文机の上に倒れこんだ。
それを確認し、沖田は土方が気絶する原因となった刀の柄を持ち、刀をベルトへと押し戻す。
そして再び倒れこんでいている土方へと向き直ると背後から腰元に手をやりそっと持ち上げる。
沖田は土方よりも少し背が低いが、今持ち上げた土方はずいぶん軽く、沖田でも十分抱えられた。
「やっぱ軽くなってまさぁ。年末はいろいろ忙しいからねぃ」
そうぼやきつつ土方を担ぎ上げると土方の自室を出た。
屯所にいた隊士たちは沖田に抱えられている土方という珍しくも恐ろしい光景に目を見張りつつも、沖田と目が合うとふいっと視線を逸らして見て見ぬ振りをした。
土方の様子は気になるが、ドS王子の餌食にはなりたくない。
それが全員の意見だった。
沖田はそんな隊士たちに見守られながら、土方を地下にある物置部屋へと運び入れた。
部屋に入ると土方が目覚める前にと両腕と両足を縛りあげた。
縛り上げていると、その感触に気付いたのか、土方がゆっくりと目をあける。
動こうとして動けないことに気付いた土方は目の前にいる沖田を睨みながら怒鳴った。
「ちょ、おい!なんのマネだ総悟!!」
「今日は大晦日ですぜ?」
土方の怒鳴り声などいつものことなので、沖田はたいして気にした様子もなくそう返す。
「んなこたぁ知ってる!」
「だから仕事が終わったら俺と一緒に過ごしてくれやせんか?」
「はぁ?何言ってんだ、お前。仕事上がったら忘年会だろ?」
「それが終わったらでいいんで」
「無理だ。その後も仕事する予定だから。つーかそれと俺がこうなってるのとどう関係があんだよ!」
「一緒に過ごしてくれねぇならここから出しません」
「あ!?てめぇ今度はなんの嫌がらせだ!」
眉間の皺を深くしながらそう怒鳴る土方に、沖田はゆっくりと近付き、白いスカーフを掴む。
そして再び文句を言おうと開きかけた口を自分の唇で塞いだ。
「んむっ…、やめ、…そうごっ」
土方が名を呼ぶのと同時に唇を離し、沖田はジッと土方を見つめた。
その視線を受け、土方は再び睨むように沖田を見返した。
「なんのつもりだ、総悟」
「これも嫌がらせだと思いますかぃ?」
沖田の問いに土方は不可解そうに顔を歪める。
答えない土方に、沖田は答えを急かすように「土方さん」と呼びかけた。
その呼びかけに顔を歪めたまま小さく「…他に何だって言うんだよ」と土方が返すと、いつもと同じはずの沖田の顔が少し変化したように土方には見えた。
それがなんとなく傷ついたとでもいうような顔で土方は内心たじろいだ。
しかし沖田のそんな顔もすぐに消え失せいつものように土方を見下すような視線で言い放った。
「あんたみてぇな馬鹿は外に出しておけねぇんでさぁ。とりあえず、ここに入ってなせぇ」
「はぁ!?ちょ、待て!!総悟!!」
土方が必死に呼びかけるも、沖田は立ち止まることなくそのまま部屋を出て行った



「くっそ…っ」
腕に巻かれた縄が軋む音を聞きながら土方は小さく動いた。
土方の目算ではあれから1時間ほどが経っている。
それでも沖田が戻ってくる様子はない。
こうしている内にも書類は次から次へと溜まっているはずだ。
土方は誰でもいいからここに仕事を持ってきてくれと嘆いた。
そう思いつつ土方がうな垂れていると、物置小屋の扉が開き人の気配がした。
それと同時に「ここはどうかなぁ?」という声が土方の耳に入る。
「誰だ?いや、誰でもいい!この縄解いてくれ!」
「あっその声、ビンゴだ!」
いささか喜びが混じった声でそう言いながら入ってきたのは土方があまり会いたくない人物だった。
「…万事屋」
万事屋、坂田銀時。
何かしらと真選組と万事屋の面々とは縁があるが、銀時と土方は顔を合わせれば口喧嘩をする相手であり、土方としては今の状況の時に、あまり関わりたくない人物だった。
「土方くん、みっけ」
「…てめぇ屯所で何してやがる」
「いや、俺としては屯所で捕まってる土方くんにこそ、その質問をしてぇんだけど?」
土方の問いにいつものように気だるげなやる気のない雰囲気を醸し出しながら質問で返した。
しかしその質問に土方が答える前に、銀時はふわふわと飛び散らかった銀色の髪に手を差し入れながらぼやくように言った。
「まぁ沖田くんにやられたんだろうけどよ」
「とりあえず、てめぇでもいいからこの縄を解け」
銀時に頼みごとをするなど土方にしたら屈辱以外の何物でもなかったが、現状は銀時に頼む他なく、土方は自分の腕を前へと差し出した。
そんな土方をちらっと見た後、銀時はニヤリと笑みを浮かべる。
「助けてやってもいいけどよぉ」
「んだよ、金か?」
交換条件でも出してきそうな銀時の様子に土方は即座にそう続けた。
その言葉に銀時は心外だとでも言うように口を尖らせる。
「なんですぐそこで金が出てくるんだよ」
「お前はいつも金に困ってる」
「ちょ、そこ断言!?せめて困ってるように見えるぐらいにしとこうぜ!」
「なんでもいいからさっさと外せ」
「もうそっちが話の腰折った癖に…。まぁいいや。外してやるからさ、そのまま家に来てよ」
「断る。無理だ。忙しい。」
「おいおい、一言どころか単語で繰り返し断られたんですけど?」
「金なら後で払ってやってもいいからさっさと外せ」
「んー、金が欲しいわけでもねぇんだよなぁ。まぁいつもは欲しいけど今日は金より土方が欲しいんだ」
「あ?」
「ってことで」
銀時はそういってひょいっと土方を担ぎ上げた。
「なっ!おい!」
「このまま万事屋に連れて帰ることにしましたぁ」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ!下ろせ!」
「だぁめ!家に来るって約束しただろ?」
「してねぇし!!」
そう怒鳴る土方を無視して土方を肩に乗せると身軽な動きで物置小屋を出た。
他に隊士がいないのを確認しながら廊下へと出たが、土方がわめいているせいで今にも隊士が駆けつけてきそうだった。
「ちょっと、土方くーん?うるさいんですけど?」
そう言いながら肩に乗せた土方の尻を軽く手の平で叩いた。
「てっめ!触んじゃねぇよ!さっさと下ろせ!!」
銀時に軽いながらも尻を叩かれたという屈辱に顔を怒りで赤くしながら、余計に怒り出した土方に銀時はニヤリと笑みを浮かべる。
「ひっ!」
「触り心地いいなぁ、土方の尻。程よく弾力あって揉みやすいぜ」
「や、め、気持ち悪ぃ、から、揉む、な」
「そうやってしばらく静かにしててくれなぁ」
銀時は明るくそう言いながら、土方の尻からは手をどかさず足早に屯所を出た。


「いい加減、下ろせ!!」
「えー、でも逃げるだろ?」
「この状況こそ逃げ出したい状況なんだよ!」
街中に出てもなお自分を抱え続ける銀時に対して、土方は必死に下ろすよう訴えた。
周りの注目を浴びまくっていることにようやく気付いた銀時も、仕方がないとでも言うように肩の上に抱えていた下ろそうと体勢を変える。
靴を履いていなかったため、靴下のまま地面へと下ろされたことに少し苛立ちながらも、ようやく解放されたと土方が一息つく暇もなく背後から聞き覚えのある声がした。
「やっとみつけたぞ!土方!」
その声に後ろを振り返れば指名手配犯である桂が目の前にいた。
今日こそ捕まえてやろうと土方は銀時へと縄を外すよう頼もうとしたが背後から抱き締められた。
「良かった!なかなか姿を見せんから今日はもう巡回に出てこないかと思っておったのだぞ!?」
「は!?ちょ、離せ」
「ヅラ、お前、俺の土方に触んじゃねぇよ」
「ヅラではない桂だ!ん?銀時ではないか。何をしているのだ?ここで」
土方を抱え込みながら桂は土方の隣に立っていた銀時に首を傾げる。
「何って土方は俺がここまで連れてきたんだよ!」
「そうなのか。ご苦労だったな。ここからは俺の家へと連れ帰るからお前はもう帰れ」
「違いますー!土方はこのまま万事屋に帰って明日の朝までずーっと一緒に過ごすんですぅ!!」
「何を言う。土方は俺と家に帰って紅白歌合戦を見たあと、年越し蕎麦を食べる予定だ。なぁ土方?」
「違うよな!?俺と一緒にお笑い番組見て、ババアんとこで蕎麦食ってその後、2人で姫始めする予定だよな!?」
そう尋ねられた土方は首を傾げつつ正直にこれからの予定を口にした。
「とりあえず屯所に帰って残りの仕事終わらせて、組の忘年会に参加する予定なんだが?」
「俺と一緒に紅白を見たいそうだ!」
「ばーか!お笑い見たいっつってただろうが!」
「いや、言ってねぇし…」
土方の言葉を完全に無視した様子の二人に土方は呆れたようにため息をついた。
自分を挟んで行われていた2人の言い合いが白熱してくると、土方を拘束していた桂の手が緩まった。
すぐさま逃げようかとも思ったが、なにぶん、土方の足にはまだ縄が結ばれている。
素早く行動はできない。
慎重に様子を窺っていると、2人は言い合いに夢中になり土方の存在を忘れかけていた。
「土方にはウェディングドレス着せるんだよ!!」
「貴様は馬鹿か!日本男児らしく結婚式は和装だ!よって土方は白無垢で俺と結婚するのだ!」
「おめぇには真っ白のシーツお化けがいんだろ!?今さら土方の純白なんていらねぇんだよ!つーか土方の純白は俺のモンだし!」
「貴様のような爛れた男に土方はやれん!土方は俺のような真摯で真面目な男が好きなのだ!だから貴様は帰れ!」
「はぁ!?ヅラなんか被ってるせいで頭がおかしくなったのかよヅラ!!」
「ヅラではない桂だ!!」
(何の言い争いしてるんだ?こいつら…)
土方にしたらまったく意味の解らない言い争いだったが、本人たちにしたら、どちらが土方に相応しく、どちらが今日この後の時間を土方と一緒に過ごし、将来の土方の時間までも手に入れられるかという重要な闘いであった。
そんな彼らの思いも知らず、土方は自分から意識が離れている今をチャンスだと捉え、括られている両足でにじりにじりと横に動き、少しずつ離れた。


そして距離が開いたところでジャンプしながらその場を離れつつ、近くの店へと逃げ込んだ。
そこはちょうど呉服屋でいきなり入ってきて倒れこみかけた土方を、その中にいた客が慌てて受け止めた。
「っと、すまねぇ」
倒れこんだ自分を受け止めた人物に向けてそう返すと、土方を受け止めた男が明るく笑った。
「わしは大丈夫じゃき、おんしは大丈夫か?」
抱きとめられつつ土方が上を見上げれば、黒髪をあちらこちらに跳ねさせ、サングラスをした長身の男が気のいい笑みを浮かべつつ土方を覗き込んでいた。
「あぁ。大丈夫だ。店主、すまねぇがこの縄を切れるような刃物貸してくれねぇか?」
男に支えられつつ土方は店の主らしき男に声をかけた。
すると土方の顔を知っているらしい店主は、きっと事件に巻き込まれたのだろうと慌てた様子で店の棚から大きなハサミを取り出し、土方の腕と足を拘束していた縄を切った。
「悪いな。助かった」
縛られていた腕をさすりながら土方は店主に向かってそう言うと、自分を助けてくれた男にも顔を向けた。
「あんたも、迷惑かけたな」
「いやいや、こがな別嬪さんがかける迷惑ならいくらでも受けるぜよ」
「は?あぁ、よくわかんねぇが助かった。」
そう言って店を出て行こうとする土方の腕を男が止めた。
そのせいで足を止める事になった土方は怪訝な顔で男を見上げると、笑みを浮かべたまま男は土方を見つめていた。
「なんだ?」
「おんし、靴はどうしたんじゃ?」
「靴?あぁこれか。ちょっと手違いがあってな。大丈夫だ。問題ない」
「いやいや、歩道ばいうても何が落ちちゅうか解らんきに危ないじゃろ?わしに任せるぜよ」
「え?うわっ!」
土方が首を傾げたのと同時に男が土方を横抱きに抱えあげた。
「お、おい、あんた」
「一番近い靴屋はどこじゃ?」
戸惑う土方を無視して男は店主へとそう問いかけた。
「えっと、すぐ2軒隣にございます」
「そうかぁ。少しの間だけじゃぁ我慢するぜよ」
そう笑顔で言われた土方は困った顔をしつつも頷くことしか出来なかった。
抱き上げられたまま土方は呉服屋から出て近くの靴屋へと訪れた。
店につくと男は上がり台の上に土方を下ろし、店員らしき男に声をかける。
「この別嬪さんに靴をしつらえたいんじゃ」
「はい。かしこまりました。ただいまお持ちします」
笑みを浮かべながら店員は靴を取りに行くため店の奥へと入って行った。
「別に、靴なんてよかったのに」
土方がそう漏らすと男は土方の頭を軽く撫ぜた。
「危ないからダメじゃぁ」
「あ、やべ。俺の財布、屯所に」
「ええ、ええ。ここは最初からわしが払うつもりじゃぁ」
「いやでも」
「誰かから靴もらうっちゅうのは別嬪さんの証拠じゃぁ。遠慮せずもらっちょき」
「でも…」
顔を曇らせる土方に男は笑みを浮かべて軽い口調で言った。
「そんなに気になるんじゃったら今度会うたときに何か奢ってくれんか?」
「あぁ、いいぜ。解った。あんた名前は?」
「坂本じゃ。坂本辰馬」
男の言葉に「坂本な」と頷いたあと、「俺は土方だ」と名乗った。
「土方?土方なんじゃ?」
「土方十四郎だ」
「十四郎。ええ名じゃ。これ、わしの名刺じゃ。後で連絡してくれんか?」
「わかった」
土方は坂本と名乗る男から名刺を受け取り、それをポケットへとしまった。
しまい終えたのと同時に店の奥から店員が出てきて、土方の隊服に合わせた黒い洋靴をいくつか持ってきた。
そのなかで履きやすい靴を土方が選ぶと坂本がカードで支払った。
店員がカードの決済に消えたあと、土方は坂本の隣に立ちながら再び言った。
「金は必ず返すから。ホントありがとな」
「十四郎は律儀じゃのう」
そう言って笑った後、土方の唇に軽く口付けた。
「なっ!?」
口を押さえながら少し後ずさった土方の顔は、驚愕と羞恥で赤くなっていた。
「それにめんこい」
「は?」
「なんでもなかぁ」
怪訝な顔をした土方に坂本はそう返した。
店員が戻ってきて坂本にカードを手渡す。
それを受け取った後、坂本は笑みを浮かべたまま土方へと言った。
「わしとしてはさっきのチューでチャラでもええんじゃが、十四郎からの連絡は欲しいきに、連絡ば来るん楽しみにしちょるぜよ」
「あ、あぁ。屯所にもどったら携帯で連絡いれっから」
「じゃぁのう、十四郎」
土方の言葉を聞くと坂本はヒラヒラと手を振って店を出て行った。
「…不思議な奴」
その後ろ姿を見送った後、土方はそう呟いて首を傾げた。


靴屋を出ると、屯所に戻ろうかどうしようか迷う。
本当ならすぐにでも帰りたいところだが、屯所に沖田がいるとしたら、また捕まって縛り付けられるという可能性もある。
土方が思案しながら歩いていると背後から肩を叩かれ、明るく声をかけられた。
「お兄さん」
その呼びかけに振り返れば、ピンク色の髪を三つ編みにした青年が立っていた。
見覚えのある姿に土方は「あー」と声を出すが、名前が思い出せない。
そんな土方に気付いたのか、相手は微笑みながら「神威だよ」と名乗った。
「あぁ、そうだったな。また迷子か?」
神威と名乗るこの青年は以前、江戸に来たとき自身が行く目的地が解らなくなっており、土方がそこまでの道案内をしたのが出会いだった。
そのため土方はまた道に迷ったのかと尋ねた。
土方の問いに神威は頷き返した後、笑みを浮かべて小さく首を傾げながら口を開いた。
「ちょっと迷子になったみたいだから、付き合ってくれない?」
「道案内か?べつにいいが…」
土方からの了承を得ると、神威は土方の腕を取って歩き始めた。
「ちょ、待て。どこに行きたいんだよ。それがわかんなきゃ案内のしようがねぇぞ?」
「大丈夫、大丈夫。土方と一緒ならその内、思い出せるはずだから」
「そういうもんなのか?」
「そうそう」
土方は首を傾げつつも神威に促されて足を進めた。
しばらく歩き続けると、人通りの少ない道へとついた。
「ホントにこの道であってんのか?」
「うん、多分」
「だぶんだぁ?ったく、どこに向かってるんだよ」
「俺が取ってる宿」
「家に帰れないってホントに迷子じゃねぇか」
土方が呆れたようにそう言うのと同時に「あ、あった」と神威が声を漏らした。
「みつかったのか?」
「うん、あれ」
神威が指差したのは閑静ながらも趣のある様式の古い旅館だった。
そんな旅館の外観を見つめながら土方は感心したように言葉を漏らす。
「こんな寂れた場所にもちゃんとした宿屋があるんだな」
「中も結構立派なんだ。見においでよ」
「は?いや、行かねぇし」
「いいからいいから」
土方は旅館の入り口で足を止めて、行かないという意思表示のために足に力を入れて踏ん張ったが思いの他、神威の力が強く、引きずられてしまう。
玄関まで入ると仲居らしき初老の女に出迎えられた。

「お帰りなさいませ」
「客だからお酒持って来てもらってもいい?」
「かしこまりました」
「いや、いりません。あ、おい」
土方が止めるも仲居は笑みを浮かべたまま奥へと入って行ってしまった。
「しょうがねぇから上がるけど、酒は飲まねぇからな?まだ勤務中だ」
そう言いながら旅館の玄関先へと足を上げる。
土方の前に立って部屋へと向かいながら、背後にいる土方を振り返り、神威は不満そうに口を尖らせた。
「えー?なんでさ」
「だから勤務中なんだっつってんだろ?」
「じゃぁ仕事終わったらここに会いに来てよ」
「はぁ何でだよ」
「だって今日は大晦日ってやつなんでしょ?」
「あぁ」
「地球の大晦日は恋人が一緒に過ごす日だって聞いたし」
神威が笑顔そう言うのを聞き、土方は怪訝な顔をしたあと、深いため息をついた。
「誰にそんな間違った知識を入れられたかはしらねぇけど、とりあえず大晦日ってのは新年を迎える準備をする日であって恋人と過ごす日じゃねぇ。っつーか、恋人と過ごす日だとしても俺には関係ねぇだろうが」
「まぁなんでもいいから一緒に過ごそうよ」
「大晦日無視かよ。でも無理だな」
「なんで?」
「夜は隊の忘年会という名の仕事だ。どうせそのまま年越しだしな」
「えー?じゃぁこのまま閉じ込めちゃおうかなぁ…」
「は?」
神威の呟きに土方は驚きつつ聞き返すと、腕を引かれて部屋の中へと引っ張りこまれた。
その強い力に体勢を崩し、そのまま部屋の入り口へと倒れこんだ。
土方が起き上がろうとする前に、身体の上を覆うように神威が圧し掛かってきた。
「なんだよ、退け」
「んー、いや」
神威の身体を押しのけるように肩を押したが、神威の身体は動くことなく、反対に近付いてきた。
土方は腕を突っ張らせて近付くのを防ごうとしたが、その手は神威に取られ意味がなくなり、そのまま顔の横へと押し付けられた。
手を外そうにも強い力で押さえつけられ、びくともせず、土方は不機嫌そうに顔を眉間に皺を寄せ、自分を見下ろす神威をにらみつけた。
「ふふ、お兄さんって普段もすっごく美人だけど、俺はそういう顔のお兄さんのが好きだなぁ」
神威はそう笑って言うと、土方の唇を自分ので塞いだ。
驚きつつ顔を背けようとする土方の顔を、神威は片手で抑えながら深く口付ける。
神威の手が離れたことで自由になった片手で神威を押しのけようとしたが、やはりビクともしなかった。
深くなる口付けに土方が息を上げかけていると、神威の背後で大きな音がした。

その音に神威が土方の唇を解放して後ろを振り返れば、部屋の扉が真っ二つに切られ、崩れた音だった。
神威はそれを引き起こした扉の向こういる人物へと笑みを向けた。
「弁償代はそっち持ちだからね。高杉」
神威にそう言われたのは左目を包帯で隠し、派手な女物の着物を着た男だった。
そんな男を神威の下から目で捉えた土方は目を丸くした。
「高杉晋助!」
桂と並ぶ巨大テロリスト組織の一つ、鬼兵隊を率いる過激派テロリストの頭目の名を土方は叫んだ。
ゆったりと神威が土方の上から退いたので、土方は慌てて起き上がって刀へと手をかける。
もちろん、テロリストである高杉を捕らえるためだ。
しかしそんな土方に対して、相手の高杉は余裕の笑みを浮かべながら土方へと手を差し伸べた。
その仕草を訝しげに土方が眺めていると高杉が口を開いた。
「よぉ土方。迎えに来てやったぜ」
「迎え?」
「約束しただろ?一緒に年越しを過ごすってよぉ」
高杉の言葉に土方は内心、首を傾げる。
そんな約束をした覚えもないし、敵である高杉とそんな約束をするはずがない。
「何の話だ?」
「手紙、送っただろ?」
「はぁ?」
「3日前」
高杉にそう言われ、土方は刀を抜くのも忘れて必死に記憶を辿った。
土方に宛てられる手紙や贈り物は危険物である可能性もあるので、監察である山崎が全て確認してから土方の元へと手渡される。
3日前に預かったのは幕府の官僚からのパーティーの誘いや年始挨拶回りの呼び出しなどの中に混じって小さな絵手紙があった気がした。
年越しを一緒に過ごしませんか?というような和歌と共に『過ごしません』という回答欄が書かれた葉書。
それを見て土方は首を傾げながら宛名を確認したが何も書かれていなかった。
だから悪戯だろうと思ってそのまま捨てたのだが、もしかしそれなのだろうか。
土方は頭に浮かんだその出来事をそのまま高杉へと伝えた。
「あぁ。それだ」
「確かに受けとったが俺は捨てたぞ?」
「過ごせない場合は『過ごしません』に丸つけて返送するように書いてあっただろ?」
「あー、そうだったかも知れねぇ」
「返送しなかったイコール、一緒に過ごすと約束したってことだ」
笑みを浮かべてそう言い切る高杉に土方は思わず「はぁ!?」と大きく怒鳴り声を上げた。
「どこの悪徳業者だてめぇ!」
「鬼兵隊だ」
一言そう返すと高杉は土方の腕を掴んだ。
「な、触るな」
振り払おうとしたがそれは叶わずそのまま引かれた。
高杉の元へと引き寄せられる途中、反対側の腕が掴まれて高杉とは反対側の方向に引かれた。
「ちょっと、お兄さんをどこに連れて行く気?」
神威が満面の笑みを浮かべながら高杉へと尋ねる。
高杉の方も笑みを浮かべながら神威をみやった。
「船に帰るんだよ。これから夫婦水入らずで年越しだ」
「いつの間に夫婦になったんだ、おい」
高杉の言葉に呆れながら土方はツッコミを入れたが、その言葉は2人にとってはどうでもいいことらしく、神威は再び高杉へと話し掛けた。
「お兄さんはねぇ、大晦日は俺と過ごす予定なんだよ」
「はっ!ガキが土方と過ごそうなんて甘ぇんだよ。土方は俺のモンだ」
土方を挟んでそう言い合う2人に、さっきもこんなようなことがあったなぁと土方はふと思い出した。
(あいつら、どうしたかな)
それと同時にその場に残してきた銀時と桂のことを思い浮かべた。
その時、大きな爆発音が響くと同時に部屋が大きく揺れた。


その衝撃に土方は驚き、ちょうど緩んでいた2人の手を振り払い、がたがたと揺れていた窓へと近付く。
窓から外を覗こうとする土方だったが、背後から頭を掴まれて後ろへと引かれた。
ムッとして自分を止めた相手に文句を言おうと振り返ると、自分を見つめる高杉と目が合った。
その真剣な眼差しに土方はたじろいだが、高杉の方はそれに気付かず「危ねぇだろうが」と声をかけた。
「う、うるせぇな。解ってるよ!」
土方はほんのり顔を赤く染めながらそう返すと、窓の傍らに立ち、外をそっと伺った。
しかし、窓の外には土方の見覚えのある顔ぶれの集まりがあり驚いて窓へと顔を近付けた。
向こうからも土方の顔が確認できたのか、集団の先頭にいた人物が拡声器を口に当てた。
「あーあー、そこにいる包帯グルグルのチビとピンク頭のチビに告ぐ!今すぐ土方さんを解放しなせぇ。素直に解放すりゃ今日のところは見逃してやりまさぁ」
その言葉を聞いた土方は慌てたように窓を開けて外に向けて声を張り上げた。
「総悟!てめぇ何やってんだ!」
「それはこっちの台詞でさぁ。人がせっかく危ねぇからって匿ってやってたってのに。のこのこ浚われやがって…」
そう話す沖田の顔に呆れたような表情が浮かんでいたので、土方はなんとなくいたたまれず、再び声を張り上げた。
「べ、別に浚われてねぇよ!」
そう言う土方の傍らに立った高杉が、窓から顔を出しつつ、沖田に向けてと声をかけた。
「聞き捨てならねぇな。チビっててめぇも同じ身長だろうがクソガキ」
「俺はまだ成長過程でぃ」
沖田が拡声器でそう返すと、土方の反対側に立った神威が高杉に向かって言った。
「俺もまだ伸びる予定だよ」
神威の言葉に高杉も何か言おうとしたが、それより早く沖田の隣にいた桂が口を開いた。
「高杉はもう伸びんから諦めろ!」
「うっせぇ!ヅラ!!」
「ヅラではない!桂だ!!」
その会話を聞いていた土方だったがハッとしたように沖田へと言った。
「てめ、総悟。なんで桂を捕まえねぇんだ!」
「じゃぁあんたもなんで高杉に捕まってんでぃ」
「だから捕まってねぇし!」
「ククッ、これから2人で年越しする約束だもんなぁ」
高杉はそう言って含み笑いをしながら土方の腰に腕を回して抱き寄せ、その頬に口付けた。
「あんな詐欺みてぇな約束は無効だ!」
「照れんじゃねぇよ」
「照れてねぇし!つーかウザイしキモイからベタベタすんな!」
顔中に軽く口付けてくる高杉の顔を土方は必死に押しのけようとしていたが、その様子はじゃれているようにしか見えず、隣で見ていた神威はもちろん、外にいる沖田たちにとっても気分のいいものではなかった。
「高杉。いい加減、お兄さんを放してくれない?」
「ふん、お断りだ」
「だったら力づくでも離させてあげるよ」
「やれるもんならやってみろや」
「いやいや!俺を挟んで喧嘩すんな、お前ら!」
土方がそう叫ぶのと同時に再び大きな爆発音がし、旅館全体が揺れた。
「今から旅館全壊させやーす」
拡声器越しにそう言う沖田の声が聞こえ、土方は慌てた。
「ちょ、全壊って。やべぇ。修理費とか組もちになるじゃねぇかっ!」
そう呟くと土方は無理やり高杉から離れて窓から顔を出した。
「待て総悟!屯所に戻るからこれ以上、撃つな!!」
土方の言葉に、沖田は手を挙げてバズーカを構えている隊士にやめるよう合図した。
「じゃぁさっさと降りてきなせぇ」
「わかったから」
土方はそう言うと踵を返して部屋から出て行こうとする。
その土方の腕を高杉が掴む。
「おい、勝手に」
そう言う高杉の手を土方は反対側の手で握りなおし、じっと高杉を見つめながら必死な様子で頼み込んだ。
「頼む、高杉。また今度、必ず埋め合わせすっから」
「あ?あぁ、解った」
土方に真っ直ぐ見つめられながらの頼みごとなどされたことがない高杉は思わず頷き返した。
それを確認した土方は傍らにいた神威へと声をかけた。
「神威もゴメンな」
「しょうがないなぁ。お兄さんからキスしてくれたら許してあげても」
神威が「いいよ」と言い切る前に神威の胸倉を掴み、引き寄せると額に軽く口付けた。
その感触に神威が驚いている間に、ついでというように高杉の頬にも口付けた後、「じゃあな」と声をかけて部屋を出て行った。
二人ともしばし固まったままそれを見送った。
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