苺大福/花流


 チームメイトと飲んでいた店がある路地の先に出て、流川は家を出る前に行くから、と言っていた迎えを待っている。アルコールが回って熱いからだに、冬の夜風が気持ちよかった。街の明かりは眩しくて下げた体温を上げそうで目を閉じていれば、すぐ近くで車が停まる。
「おけーり」
「ただいま」
「一瞬寝てんのかと思った」
「起きてる」
「たりまえだ、寒ぃんだから店ん中で待ってろよ」
「寒くねぇ」
「俺より寒がりのくせして何言ってやがる、あっ、ちゃんと飯食ったか?」
「食った、今度はてめーも来いってキャプテンが」
 桜木が運転する車の助手席に乗り込んだ。シートベルトを締め、ドアを開ける前から窓越しに見えていた桜木のセーター姿に目を細める。この前遠征の土産として買って帰った白いセーターは外灯などの光を受け、車内の暗さを優しく押し返していた。
「おー」
「これ、土産」
「何だ?」
「苺大福」
「またかよ!」
 ハンドルを操作し車列に加わろうとしている桜木が窓の外を見ながら大きな声を出す。流川の手には、桜木が来る前に買った白い袋があった。中には透明のプラスチックパックが入っていて、苺大福が二個並んでいる。
「買ったっておめーどうせ食わねぇじゃねーか」
「食う」
「一個はな、見た感じ、それ、二個入ってんだろ」
 袋をちらっと一瞥しただけの桜木に言い当てられた。咎める調子の物言いに、流川は頬を膨らます。それが酔った時にしか出ない反応だとは、流川自身気づいていなかった。
「おめーが大福みたいになってんぞ」
「大福なのはどあほう」
「出たよ」
「着膨れしたどあほう」
 これ見よがしに桜木がため息をついてくる。高校でつき合った時分から流川の家へ行くとなると桜木は何かと気をつかうそぶりを見せていたが、プロになって給料をもらうようになると、その気づかいを物に変えるようになった。流川の家族への手土産、いくら流川がいいと言っても礼儀だろと買うのをやめない。あの日も流川の実家に行く前に雑誌に載ったという和菓子屋へつれて行かれた。家族の好みなら、いつの間にか自分より桜木の方が詳しくなっている。そんな桜木とは店内で別れて、流川はうろうろと見て回った。自分が欲しいもの、あるいは、桜木が好きそうなもの。その時目に止まったのが、上の方に入れられた切り込みに苺が差し込まれた大福だった。つやつやとして真っ赤な苺と柔らかく膨らんだ楕円の白にどうしてそう思ったのか分からないが閃てしまったものは仕方がない。
「どう見ても俺様じゃねぇ」
「俺にはそう見える」
 閃いたものの流川も桜木も甘いものは貰えば食べる、流川は自分では買わない、桜木はたまに買う、ぐらいの習慣しかなかったのでその場では手に取らなかった。なのに、これもまた流川自身、理由が分からないのだが、酔っている時は、買ってしまう。今夜は飲み屋の向かいにあるコンビニに探しに行った。そう、探したのだ…流川は大福が入った袋を両手で持ち上げる。袋の口がずれ、容器の中のふくふくと丸い苺大福が見えた。その丸み、鮮やかで瑞々しい苺、粉を振られた表面の柔らかさ…何故だか目が離せない。桜木がまたため息をついたが、さっきとは違う調子に聞こえた。
「ま、いーけどよ…言っとくけど、今夜は背中、痛くねぇから」
「ん」
「ほんと、すげぇ俺様のこと好きだよな、おめー…でもこの天才の愛も負けてねぇ…お、その白けた顔、酔いが醒めたか?」
「もこもこ♡」
「まだめちゃくちゃ酔ってんな、感じちゃうから腕撫でんのちょっとたんま」
Report abuse