写真/花流


 高校に入ってからしていなかった写真の整理をしていると、昼寝をしていた流川がテーブルの向こうでむくりと起き上がった。ぼーっとした顔でこっちの手元を覗き込んでくる。誰かがカメラを持ってきて撮影した部活の最中や休憩の時間、遠征の行き帰り、軍団と集まった日など、写っている情景はさまざまだ。袋に入ったもの、剥き出しのままのもの、もらった順に重ねていた写真を買ってきたアルバムに入れていく。皺が入った赤木晴子の写真もあって、それを見ると桜木は少し涙ぐんだ。
「あ、こら」
 撮影された順番でアルバムに収めたいのに、前から伸びてきた流川の指が写真を引いていく。
「あにすんだよ」
 取り返す前に持ち上げられた。人の写真に興味があるんだなと思うと、強く返せと言う気になれず、その分だけアルバムのポケットを空けておくことにする。それからも、流川は何枚かの写真を手元に持っていった。
「写真、しまいてぇんだけど」
「ん」
「何だよ、俺様の写真が欲しいのか?」
 好きになった人に写真を欲しがられるなんて初めてのことだとどきどきしながら聞いてみれば、流川は左右に首を振る。
「別にいー」
「そーかよ、じゃあ返せ」
 流川が持っていった写真をアルバムに収めれば終わりだった。夕飯の支度がしたい。つき合うようになって二年目になる流川を見やった。アルバムの初めの方にある一年生の頃と、三年に進級した今では、比べれば顔立ちが違う。幼さが抜けつつある変化の中、つき合ってきて、自分が暮らしているこのアパートの一室にもずいぶん馴染んだ桜木の美丈夫は軽く瞼を伏せ、写真を眺めていた。
「そんなに何見てんだよ」
 流川の視線の先には必ず自分がいる。部活中のものが多く、暑かったのか上半身裸でポーズを取っていたり、着替えの最中練習着のズボンだけだったりしていた。流川の、自分よりは細い指が、つ…と写真を指す。
「どあほうの胸、だんだんでかくなってる」
「馬鹿かどこ見てんだおめーは」
「俺のおかげ」
「はあ?俺様が鍛えたせいに決まってんだろ」
「揉むとでかくなるって」
「そういう情報をおめーはどっから拾ってくんだよ…」
 感触がいい、鼓動がドリブルみたいに聞こえると言って、流川は桜木の胸を大層気に入っていた。流川の物言いに桜木は呆れてがくりと肩を落とす。流川はこちらの態度など構わない様子で、写真を見る目は熱心だ。
「…なあ、本当に俺の写真、いらねぇのかよ」
「いらねー」
 数か月後に卒業式を迎えれば流川は渡米する。桜木にもその予定はあるが、いくらか後だった。距離がある分、寂しくならないのか、寂しさを紛らわせる何かが、欲しくはないのか。
「あ、そ」
「俺は本物の方がいい」
 写真の近くに置かれていた手に顎をつかまれた。まっすぐに見てくる目の中に感情がなければと思うのに、流川はしっかりと自分の気持ちを持っている。だから桜木は、流川と遠く離れることになるその月日を寂しく感じる己が恥ずかしく、悔しかった。
「…俺、は、欲しい」
「いーけど」
「おめーがいなくなったら毎晩抱いて寝る」
「やっぱなし」
「何でだよ!」
「俺以外とそんなことして許されると思ってんのか」
「馬鹿だおめーの写真だろうがっ」
「本物じゃねぇ、偽物」
「あ?いや、偽物っつーか、おめーが写ってるやつだけど…」
「じゃあ俺もどあほうの写真とそうする、キスもする」
「キ…!」
 赤木晴子の写真がどうして皺だらけなのか、を思い出して桜木はさっと赤面する。自分がしようとしていたことをしようとする誰かが現れるんだな…流川が自分の写真に口づけるところを桜木は想像して呻いた。そのさまがあまりにも決まっていたからではない。抱いて寝るのはだめだと言ってきた流川の気持ちが分かってしまったからだ。こんなはずでは…と頭を抱える。
「見ながらマスもかく」
「うわーっこの馬鹿っ色ボケキツネ!」
「どあほうもするくせに」
「しっ、しねぇよ…」
 否定したのに、本当に?と言いたげな、こちらの腹の底を見透かすような目つきをするから、桜木は大いに困った。会えない間の慰めとして写真が欲しいのに、これでは欲しいと言えない。恨めしく思いながら流川を睨んだ。俺だってそうだよ、本物がいいに決まってやがる。むしゃくしゃして流川に唇をぶつけるようにキスをした。流川がすぐ応えてくる。ぎゅっと閉じた目尻に滲んだ涙には、気づかないふりをした。
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