笑顔の裏側



ビルの谷間を縫うように車が進んでいる。
それを後部座席の窓から見送りながら、逸る気持ちを抑える。
そんな俺の心情に気付いたのか、運転席のヅラがバックミラー越しに俺を見て声をかけてくる。
「まったく…。お前を連れていったら俺は十四郎に嫌われるな」
「うるせぇ。黙って運転しろや、ヅラ」
「ヅラではない、桂だ」
てめぇなんか嫌われちまえ。
さんざん、十四郎のこと隠してたくせに…。
俺を十四郎に紹介したのもヅラだった。
十四郎が俺が経営する美容院に来たのは1年前。
俺が初めて見たときの十四郎は艶やかな黒髪を腰ほどまで伸ばしていた。
それに加えてまだ成長しきっていないほっそりとした身体つきと整った目鼻立ちをした十四郎は、俺の店で働く他のスタッフだけでなく、髪を切りに来ていた客たちの視線を一身に集めた。
その視線に十四郎はたじろいだ様子を見せ、傍らのヅラにしがみ付いていた。
十四郎を促しつつ、ヅラは俺に十四郎の髪を切って欲しいと俺に頼んだ。
綺麗な黒髪だったので毛先を揃えるだけでいいのか?と聞くと、ヅラは少し躊躇したように十四郎をみやった。
「ショートがいい。ばっさり切ってくれ」
「十四郎…」
「いいんだよ!」
ヅラは嘆息を吐きつつ「だそうだ」と言って俺に十四郎を預けた。
さっきまでの戸惑う表情から一変して意志の強そうな表情になった十四郎に俺は惹かれた。
だからいつもなら指名以外の客を切らない俺が担当した。
十四郎はあまり喋りが得意な奴じゃなかったが、話しかけるとぶっきらぼうながらポツリポツリと返事を返してくる。
それでもその薄墨色の瞳はとても素直で、俺が髪を切りそろえるためハサミを手早く動かすと、十四郎は興味深そうに鏡越しにハサミを追っていた。
切りあがりずいぶん軽くなった頭に触れながら十四郎は感心したようにポツリと言った。
「すげぇ、魔法みてぇだな」
そして満面の笑みで俺に「ありがとな」と礼を言ってきた。
俺は今でもその顔を覚えている。
何がお気に召したのが十四郎はそれからチョイチョイ俺の店に顔を出すようになった。
トリートメントをしに来ることもあれば、親しくなったスタッフとバックヤードでお菓子を食べたり、俺の仕事をジッと見つめていたりした。
そして何故かいつも楽しそうに微笑んでいた。
しばらくすると店の端に微笑みながら俺の様子を見る十四郎の姿があるのが当たり前のようになってた。
お前のその目には俺はどう映ってたんだ?
いったい、何が楽しかったんだ?
ちゃんと聞いてみればよかった…。
いつだって俺はあいつを目で追っていたはずなのに。
これからもずっと傍にいるものだと勝手に思ってた。
たぶん、俺はずっと十四郎が好きだったんだ。
もっと早くこの気持ちに気付いていれば、お前のこと、もっと知れたかもしれねぇ。

お前と半年近く一緒にいたはずなのに、俺はお前のこと何も知らなかった。
どうして髪を伸ばしていたのかも、なんで髪を切りに来たのかも…。
いつだって笑ってるから気付かなかったんだ。
お前はいつもと同じ笑顔だったが、ホントはあの時だって傷ついてたんだろ?
「なぁ高杉、あの建物なんだ?」
「あ?あぁ。確か天体観測所じゃねぇか?」
「天体!?星が見えるのか?」
「たぶんな。行きたきゃ行ってこいよ」
「え?」
「毎日学校にも行かねぇで、ここでぼんやり俺のこと見る暇があんだから、見に行けばいい。」
「…そうだな。車で行けるのか?」
「さぁ?しらねぇ」
「小太郎に聞いてみるか」
「お前確かもう17だろ?ヅラに頼らずあの距離ぐらい歩いていけよ。確かあそこはハイキングコースにもなってたぞ?」
「そっか。…あぁ、そうだな。今度行ってみる」
あいつは俺に向かってそう言っていつものようにニコリと笑った。
そんな会話をしてしばらく経ち、十四郎が突然、店に来なくなった。
なんの連絡もなく来なくなった十四郎に苛立ちながらヅラに十四郎はどうしたのか聞いた。
十四郎は家に戻った。
ヅラはそれだけ返してきやがった。
連絡先を教えろと言っても、知らないの一点張りだ。
それでもしつこく俺が尋ねると、しぶしぶヅラが教えてくれた。
「十四郎はもともと生まれたときから心臓が弱くてな」
「なに?」
「だから心臓だ。生まれたときに18まで生きればラッキーだとご両親は言われたそうだ。」
「…18…」
「それでも少しでも長生きしてほしいと、十四郎の両親は昔ながらの風習に従って死神を追い払うため、性別と逆の格好をさせていた。だから髪が長かったのだ。あ、俺は違うぞ?別にこれはヅラでもないし、願掛けでも」
「うっせー。てめぇのことなんざ興味ねぇ。で、なんでその願掛けみてぇな髪を切ったりなんかしたんだよ」
「十四郎の心臓は15歳を超えて一気に弱まったんだ。たぶん身体の成長に心臓が耐えられなくなったんだろう。だんだん弱っていく身体に十四郎は一度だけ外に出たいと言い出したんだ。」
「外に?」
「あぁ。十四郎は人生のほとんどを布団の上で過ごしていたからな。息子のささやかな願いを叶えてやりたいという両親の意向を受け、世話役の息子である俺が街を案内していた。」
「…じゃぁ十四郎はハイキングとか無理だったのか?」
「はぁ?馬鹿じゃないのか?高杉。昔から十四郎は学校にも毎日通えないから家に教師を呼ぶほどなんだぞ?出来るわけないだろう」
「…治らねぇのか?十四郎の心臓は」
「さぁ、まだわからん。十四郎は今手術を受けるために入院しているが。確立は4割、良くて5分5分といったところらしい」
神妙な顔をするヅラに俺は過去の自分を殴りたくなった。
そんなこと後から教えられたってどうしようもねぇじゃねぇか。
知ってたらあんなこと言わなかったんだよ。
なんで最初からそう言わねぇんだ!
ヅラにそう言ったら「十四郎に言うなと口止めされていた」と返してきた。
「病人扱いは家で散々されてるから、高杉のように雑な扱いが新鮮だったのだろう」
ヅラが大きく頷きながらそういうので思い切りその頭を叩いた。
「雑とか言うんじゃねぇ」
「でも、お前といる十四郎はホントに嬉しそうだったぞ。十四郎は自分の病気のことを知らない人間と話したかったんだろうな。」
勝手なこと言うんじゃねぇ。
たとえ俺が知らなくても、てめぇはあの時、何も知らねぇくせにって俺を詰って泣いてもよかったんだ。
それをあんな風にいつもと同じように笑いやがって…。
十四郎はずっとあぁやって笑いながら隣り合わせの死と向かいあってきたんだろう。
俺が知らないままでいるのが十四郎の望みだったのかもしれねぇ。
でもそんなの俺には関係ねぇんだよ。
俺がビルを睨みつけていると再びヅラが気遣わしげに声をかけてくる。
「本当に後悔しないか?」
「あ?」
「前にも言ったが、十四郎の病気は手術をしても助かる可能性は5分なんだぞ?」
「…なんが言いてぇんだよ」
「お前、十四郎が好きだろう」
「だったらなんだ。」
「多分、十四郎もお前が好きだ」
「なんで解んだよ」
「お前よりも付き合いが長いからさ。だからこそ、今さら会ってもお互い傷つくだけじゃないのか?」
ヅラの言葉も一理ある。
死に別れる可能性だってねぇわけじゃねぇ。
でもこのまま会わねぇ方がどれだけ後悔するか…。
「別にいいさ。傷つこうがなんだろうがな」
「しかしな」
尚も苦言を述べようとするヅラを遮って続ける。
「俺はあいつ自身が知りてぇんだ。いつだって笑って耐えてるあいつじゃねぇ、ホントの十四郎にな」
「いや、それは無理だな」
ヅラが断言しやがった。
思わずミラーを睨むとヅラが可哀想なものでも見るような視線を返してくる。
「十四郎は長年連れ添ってる俺にすら弱味を見せないんだぞ?」
「連れ添ってる言うな。ただの世話役の息子と恋人を一緒にすんじゃねぇ」
「何!?お前、あの可愛い十四郎と付き合うつもりだったのか?俺はそこまで認めた覚えはないぞ?やっぱりお前は十四郎には会わせん!!」
「いいから黙って運転しとけや!!!ヅラ!」
俺は苛立ちながら運転席を何度も蹴りつつ怒鳴った。
ヅラはブツブツ言いながらハンドルを切る。
すると遠くの方に白い建物が見えてきた。
なぁ十四郎。
お前が見たいっつーなら星でも月でもなんでも見せてやる。
俺に会いたくないなら会いたくないって言えばいい。
迷惑なら迷惑って言えばいい。
側にいてほしいならいくらでもいてやるし、どんなことだってしてやる。
だからお前の気持ちちゃんと聞かせてくれ。
黙っていなくなるなんて二度とさせねぇからな…。


  END

後日談(過去拍手から移転)

病室に入ると十四郎が大きく目を見開いた。
そして俺の背後にるヅラを睨みつけている。
「高杉には言わないでって言ったのに…」
「すまない。高杉がどうしてもとうるさくてな」
そんな会話をする2人を無視して俺は十四郎が横たわるベッドへと近づく。
傍まで来た俺を十四郎がまっすぐに見上げた。
久しぶりに感じるその視線に少しホッとする。
また会えた。
俺は思った以上に十四郎に会いたかったらしい。
そんな思いを俺にさせた十四郎の頬へと手を伸ばす。
俺が触れると小さく身体を震わせたが、嫌がる様子はなく黙って受け入れた。
さわり心地のいい頬の感触を確かめた後、俺はその頬を思い切り抓る。
「いたっ!」
「お、おい高杉!」
ヅラが慌てて俺を止めようと近付いてきたので、パッと手を離す。
「十四郎。てめぇ勝手なマネしてんじゃねぇぞ」
俺がそういうと抓られた頬を押さえつつ十四郎が俺を見つめ返してくる。
「黙っていなくなりやがって…」
「ごめんなさい」
「罰として俺にだけにはちゃんと言いたいことを言え」
「え?」
「俺に会いたくねぇならはっきりそう言え。俺はそれに従ってやる。」
十四郎を見つめならがそう言うと、十四郎を俺を見る視線が揺れる。
「迷惑だったらそう言え。俺に、来て欲しくねぇか?」
そう尋ねると小さく首を振られた。
そのことにホッとしながら、いまだに頬を抑えていた十四郎の手を取って握る。
少し冷たいその手に熱を与えるように口付けると、再び十四郎の目が見開く。
「行きたい場所があんなら俺がどこだって連れてってやる。ツライことがあったら何でも聞いてやる。だから、これからは我慢して笑うんじゃねぇ」
十四郎が小さく頷いたのと同時に俺の手から十四郎の手が引き離された。
「貴様、十四郎に何をするのだ!」
「いたのか、ヅラ」
「誰がここまで貴様を連れてきたと!!」
「あー、うっせぇな。お前もういいから帰れ」
「なに!?十四郎!!高杉に言う前に俺になんでも言えばいいんだからな!なんせ俺はお前のためにいるような」
「お前、ホントうぜぇから消えろ」


END
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