覚悟


「高杉センセー!お弁当持ってきたっす!!」
金色の髪をした生徒が眼帯と白衣という変わった取り合わせの教師にまとわり付いているのを、土方は教室で
近藤たちとお弁当を広げながら見つめた。
土方の弁当がどんどんとマヨネーズまみれになっていく様子に顔をしかめていた沖田も、土方の目線に気付いて騒いでいる女生徒と教師の方を見た。
「モテますねぃ、高杉の野郎は。」
「そういや、そうだな!顔は俺と一緒で強面なのになぁ!」
近藤がそう返すと、沖田は呆れたように「近藤さんとは違いまさぁ」と返した。
「そうか?方向性は近いと思うんだがなぁ!」
「そんなこと言ってると高杉のファンにぶっ殺されますぜぃ?なんでもあの野郎のファンクラブとかあるらしいですんでね」
「え?そうなのか?」
黙って沖田と近藤の話を聞いていた土方が、やっとマヨネーズを握る手を止めつつ、驚いたように沖田へと顔を向けた。
「あれ、土方さん知らねぇんですか?あんた、高杉と親しいですよね?」
「先生とはそんな話しねぇし…」
「まぁ確かに高杉先生ってそういうの自慢するようなタイプに見えませんしねぇ」
「「「いたのか、山崎」」」
3人と同じテーブルを囲んでいた山崎がそう発言すると3人は思わず声をそろえて言った。
酷い!と大騒ぎしている山崎を無視して近藤が納得したように頷きつつ、言った。
「そういう所がモテルのかもしれんなぁ。俺なら自慢しそうだもんな!」
「いや、顔でしょう。近藤さんじゃファンクラブなんざ無理ですぜ。」
「総悟ヒドイ!!自分がちょっといい顔してるからって!!」
泣きまねをする近藤をちらりと見た後、沖田はまたもやじっと高杉と女生徒のやり取りを見つめ続けている土方をみやった。
そして食べ終わったパンの袋をポイッと山盛りになっているマヨネーズの上に乗せた。
「ん?ちょ、おい!何しやがんだ!総悟!」
「いや、ゴミ箱かと思いましてねぃ」
「どうみても俺の弁当だろうが!!」
「犬の餌以下の弁当なんざゴミ箱ほどの価値しかねぇや!」
「んだとぉ!?」
「だいたい、そんなのマヨネーズの味しかしねぇでしょう」
「マヨネーズバカにすんなよな!」
「俺がバカにしてんのはマヨネーズじゃなくて土方さんでさぁ!!」
「なお悪いわ、ボケーっ!!」
そう叫ぶとぶつぶついいながらマヨネーズまみれになったパンの袋を取り除き、沖田が持っていたコンビニの袋へと捨てた。
やっと弁当へと視線を戻した土方にホッとしつつ、沖田は再び自分のおにぎりを口に含んだ。
そんな沖田を(素直じゃないなぁ)と微笑ましく山崎が眺めていると横から裏拳が力強く顔にめり込んだ。
「いたーっ!?何すんですか!?沖田さん!」
「視線がうざってぇんでさぁ!殴るぞ?」
「いやもう殴ってますよね!?」
「山崎の癖に目立つんじゃねぇや。さっさと黙って飯くいなせぇ」
「ちょ、理不尽ですよね!?その理屈!土方さんも何とか言ってやってくださいよ!」
「どうでもいいからさっさと飯食えや。授業始まっちまうぞ?…ほら、近藤さんも。いつまで落ち込んでんだ。」
「だってトシー。総悟がさぁ」
「近藤さんだってカッコいいよ。だからさっさと飯食え。」
「そうだよな!?トシに言われても説得力ない気もするが、アリガトな!」
くしゃりと土方の頭を撫でながら太陽のように明るい笑顔を見せる近藤に土方は少し顔を綻ばせた。
どこからか視線を感じた山崎はふと先ほど土方たちが見ていた廊下へと視線を向けたが、ちょうど保健室へと入っていく高杉の白衣が翻っていただけで、誰もこちらを見ていた様子はなかった。

「…おめぇ、近藤と仲よすぎねぇか?」
放課後の保健室を訪れた土方は乱暴にベッドへと上げられ、性急に制服を脱がされた。
そして愛撫もそこそこに四つんばいにされ、無理やりねじ込みながら背後で始めて高杉が発したのがその言葉だった。
「え?」
痛みで少し涙を浮かべながら後ろを振り返ると不機嫌そうな高杉の顔があった。
言われた意味が解らなくて尋ね返しているのに、高杉はそれ以上何も発せず、ただ腰を奥へと進ませた。
「んっ…あ…」
土方が小さく漏れ始めた嬌声を手のひらで抑えようとするので、その手を取り後ろへと引っ張りつつ高杉はもっと奥まで貫き、激しく動いた。
「いやっ…だ…せんせ…い、声、がっ」
驚いた顔でこちらを振り向く土方ににやりと笑みを返しつつ、抜き差しを繰り返した。
声を殺すために枕に顔を押し付けていると、腕を掴むことに飽きたのか高杉が腕から手を離し腰を支えられた。
慌てて口元へと手をやった瞬間、つながったまま身体を回転させられ膝の上に乗せられた。
自分の体重でつながりを深くすることになった土方は必死に声が出ないように耐えた。
その後も、しつこいぐらい声を上げさせようとする高杉に、土方は疲れきり、ようやく解放されたのは日もとっくに暮れ終わった頃であった。
保健室を出た後、いつものように車で高杉の家に連れていかれた。
風呂を勧められた土方は一緒に入ろうとする高杉を追い出しつつ、脱衣所で服を脱ぎ始めた。
ふとバスタオルを用意しようと棚を開けてタオルを取り出すとポロリと何かが落ちてきたので、それを拾い上げてみると飲み屋のマッチだった。
高杉が酔っぱらって入れでもしたのかと思いつつ裏面を見て、土方は息を呑んだ。
『連絡ちょうだいね!リナ』
可愛らしい文字とともに電話番号が記されていた。
やっぱりなと心の中で思いつつ、土方はそのマッチを制服のポケットへと入れて浴室へと入った。
温かいシャワーを浴びながら土方はぼんやりと高杉のことを考えた。
土方と高杉が関係を持ち始めたのは1年前で、高杉が土方の通う高校に配属されて一週間のことだった。
壇上での高杉の挨拶のとき、男の保険医なんて珍しいと思いつつ、自分には無縁だと思っていた土方だったが、一週間後、春先の気温の変化に身体が付いて行けず、土方は風邪をこじらせた。
休むという選択肢もあったが、ちょうどその日は部活の説明会があり、そのときに使用する説明文など必要なものを副部長である土方がすべて手元においていたために、無理して学校へと向かった。
登校してすぐ、とりあえず説明会で使用するものを一番信頼のおける雑用係的存在の山崎に預けたとたん、土方は倒れた。
大変だと大騒ぎする山崎を制しつつ、ちょうど歩いてきた保険医の高杉がひょいっと土方を横抱きにした。
それを見た沖田が思わず携帯で写真を撮っていたので、高杉は一瞬怪訝そうな顔をしていたが、何も言わずに保健室へと向かったらしい。
らしいというのはあとで山崎から聞かされたからだ。
風邪が治って学校に登校すると、そのとき撮った写真をしつこく沖田は土方に見せてからかった。
しかし姫抱っこどころか高杉に保健室で襲われ、そのあと土方の自宅へ連絡を入れて高杉の家に連れ込まれ、風邪が治るまでの看病とそれ以外のことを散々された土方は、その写真に照れるようなそぶりも見せず、深いため息を返すだけだった。
それがつまらなかった沖田は土方の携帯電話を取り出すと、最後の嫌がらせとして土方にその写真を添付し送信し、保存メールとしてロックをかけた。
いらねぇから消せ!と大騒ぎした土方に満足そうな笑みを浮かべつつ、用を済ませた自分の方の画像は消していた。
実はその写真はいまだに土方の携帯に保存されている。
最初は沖田がかけたロックを外せないため、しかたなく放っておいてあったが、最近ではこっそりとそれを見て楽しんでいた。
最初は無理やり抱かれ、快感に慣らされていく身体に恐怖を感じていた土方だったが、自分を抱くときの高杉の目と、抱くたびに囁かれる「好きだ」という言葉に少しずつ高杉自身へと惹かれていった。
それでも高杉に惹かれているのは自分だけなのだろうと心の片隅でいつも感じていた。
土方の印象にある高杉はいつも気まぐれで自分本位な男だった。
興味本位で自分を抱き、戯れに愛を囁くだけでそのうち飽きたら捨てられるのだろうと土方は自覚していた。
だからこそ高杉が学校で女生徒とじゃれついていても何も言えず、じっと見つめるだけだった。
学校で会う高杉から時々、甘い香水の匂いがすることもあった。
そのたびにいつ別れてくれと言われるのかとビクビクしたが、まだ言われたことはなかった。
でも今日のマッチは確定的な事実だ。
自分以外を家に連れ込んでいる様子は今まで1度もなかったのだ。
高杉は神経質そうに見えて、あまり頓着しない男だったから誰か女と会ったとしてもそれを隠そうというそぶりを見せたことがない。
そうでなければ香水の香りが自分に染み付いたまま学校に登校したりはしないだろう。
今まで部屋で女の匂いを感じ取ったことはなかったが、脱衣所のタオルにマッチを潜ませることが出来る女が高杉にいるのだ。
自分はもうお払い箱なんだろうと別れ話を切り出される覚悟を決め、嘆息を吐きながら流れ落ちるシャワーの蛇口を閉めた。

その日は結局、別れ話をもちかけられることはなく家へと送られた。
マッチについて少し聞いてみようかとも思ったが、そのまま別れ話に繋げられたらと思うと怖くて、ただ口を噤み、制服のポケットに忍ばせたマッチを握り締めた。
それでも近々、別れるのだろうと思うと土方の表情は自然と暗くなった。
学校に登校したはいいが、妙に聡いところがある沖田に暗くなっている自分に気付かれないように、昼食は1人屋上で食べることにした。
屋上で1人べちゃべちゃしたお弁当を食べていると担任の銀八が棒付きキャンディーをくわえながら屋上へとやったきた。
「うわー、相変わらずキモイもん食ってんなぁ、多串くん。」
「土方です、先生。」
そう訂正する土方の横に立つと笑顔で「なに、今日は1人なの?」と尋ねた。
「いけませんか?」
「いや、先生に会いたいからって友達のお誘い断っちゃだめでしょー。友達は大事にしなきゃな。」
銀八がそう軽口を叩くのをいつもなら怒鳴り返すところだが、それすらも面倒くさくてモソモソと弁当を食べ続けた。
「あれ?なに?なんか元気なくなくない?」
「…それって元気ってことですよね?」
「あれ?そうか。1個でよかったな。元気なくない?が正解か。」
考え込むようなそぶりを見せつつそう言う銀八に呆れつつ、土方は食べ終わった弁当箱を片付け始めた。
それを横目で見ながら、棒付きキャンディーを口から取り出すと「デザートに食べる?」と聞いてきた。
顔をしかめていらないと返すとポケットから袋に入った飴を取り出して土方に渡した。
「甘いもん食べると元気でるよ。」
「…ありがとうございます」
「ほら、食べて食べて。」
銀八がしつこく勧めるので、しぶしぶ袋を開けて中身を口にすると甘いイチゴの香りが口に広がった。
「食べたな?」
「食べましたけど?」
「よし!先生の貴重な糖分を食べたんだから、悩み事話しなさい!」
「はぁ?」
「話すと楽になっかもよ?」
そう言って穏やかに笑いながら自分の頭を撫ぜる銀八になんだかんだ言って教師なんだなぁと関心しつつ銀八を見上げた。
「なに?惚れそう?」
自分をじっと見上げる土方に銀八がからかうような口調で言うと、土方は「まさか」と肩をすくめた。
「それは残念。」
そう言いながらくしゃくしゃと土方の頭を撫ぜた。
それを甘んじて受けながら「先生って」と口を開いた。
銀八は動かしていた手を止め、先を促すように土方を見つめた。
「先生って高杉先生と仲いいんですよね?」
その言葉に銀八は盛大に顔をしかめた。
銀八のそんな表情は珍しいので土方がきょとんと首をかしげた。
「たしか学生時代の友人だって山崎が言ってましたよ?」
「友人―!?あいつと友好関係を結んだ記憶なんて一片たりともねぇんだけど!あれはただの腐れ縁っつー奴だ。大学になってやっと別々になったと思えば今度は職場で一緒になるしよー。」
顔をしかめてぶつぶついう銀八に土方は「仲悪いんですか?」と尋ねた。
「仲悪いっつーか嫌いだな。あいつあんなやくざみてぇな面なのに、昔から俺より女にもてんだよ。なんか怪しくない?ちょっと間違えたらなんかの斡旋業してそうな男みてぇなのにさ。それに…」
言葉を止めてじっと土方を見つめた。
土方は首を傾げて「それに?」と先を促した。
「それに、昔から俺の気に入った子はなんでかあいつのこと好きになるんだよ。」
そう言って寂しそうに笑った。
土方が軽く「へー」と返してきたので、苦笑しながら銀八は再び軽く土方の頭を撫ぜた。
「なんすか?」
「俺が今言ったことの意味解ってる?」
「は?いつも高杉先生に女取られてるって話ですよね?」
「女だけじゃなくて、お前含めてって意味だよ。」
銀八の言葉を理解するまで静止したままだった土方の顔が、理解したとたん目を見開いて驚きの顔となった。
「高杉と付き合ってんだろ?」
「な、んで…」
銀八に言われた言葉に思わず声が掠れた。
「見てれば解るよ。昨日も車に乗ってるとこ見たし。」
顔を青くする土方に銀八は慌てて「大丈夫、大丈夫」と頭を撫ぜた。
「俺以外気付いてないし。それに俺が気付いたのだっていつもお前を見てたからだしな。」
その言葉にホッとしたが、次の瞬間はたとして驚きながら銀八を見上げた。
「え?いつも見てたって?」
「お前のこと好きだって言ってんの」
「はぁ!?え、いや、だって、あんた、そんなそぶり」
「あー、はいはい。落ち着けって。別にどうこうしようとか思ってるわけじゃねぇしさ。お前が高杉と付き合ってんの知ってるから。」
そう言ってぽんぽんと宥めるように頭を撫ぜる銀八に土方は思わず俯いた。
「それで?悩み事はもしかして高杉のこと?」
ふるふると俯きながら首を振る土方に「嘘だろ」と銀八は苦笑した。
「なんで嘘だと思うんですか。」
むっとしながらそういう土方に銀八は「好きな奴の嘘ぐらい見抜けるさ」と笑顔で答えた。
思わず顔を赤くした土方に銀八は顔を綻ばせた。
「それで?何悩んでんだ?もしかして別れ話か?」
冗談めいて言った銀八に土方は思わず驚きで顔を強張らせた。
「あれ、マジで別れ話系?冗談だったんだけど…」
気まずそうに言う銀八に土方は「まだされたわけじゃないですけど…」と言葉を濁した。
「なに?別れそうな雰囲気なのか?そんな風には見えなかったけど?」
首を傾げる銀八に土方はフェンスに身体を預けつつ空を見上げた。
「俺的には付き合ってるように見えたことがないですけどね…」
そう言ってどこか辛そうな土方に銀八はメガネの奥の目を静かに細めた。

5限が空き時間だった銀八は教室へ向かう土方を見送った後、保健室へと向かった。
保健室の扉を開けて中に入ると、銀八の姿を確認した高杉が顔をゆがめつつ「出てけ」と手で追い払った。
それを無視しつつ銀八は扉を閉めて空いていた椅子へと腰掛けた。
「なぁ、晋ちゃん」
「晋ちゃんって呼ぶな。くそ天パ。保健室に用がない奴は出て行け。」
「用が済んだら出てくよ。」
「じゃぁさっさと用件を言え。」
「土方と別れるってホント?」
その言葉に高杉の隻眼が見開かれた。
「何言ってんだ、てめぇ」
「なんだ、土方の勘違いか。いや、でも勘違いしてるならそのままでもよくね?うん、そうだな。ってことで俺、戻るわ。じゃぁな」
立ち上がった銀八を睨みつけながら「説明してけ」と苛立ちの篭った声で高杉が言った。
「いや、なんでもないわ。」
「てめぇ!ふざけてんのか!?」
立ち去ろうとする銀八の白衣を掴んで振り向かせつつ怒鳴ると、銀八の目にも怒りが見えた。
「お前なんか後からノコノコやってきただけのくせに俺の土方に手ぇ出しやがって…」
「あいつは俺のもんだ。」
「だったら大事にしてやれよ。」
「おめぇに何がわかんだよ。」
「土方が辛い思いしてるってことはお前より解ってるつもりだ。」
「辛い思いだぁ?あいつはそんなこと言ってなかったぞ」
「俺の知ってる土方はなぁ、言いたいことも言わずにぼんやりと空眺めるような奴じゃなかったんですよ、コノヤロー」
「なに?」
「口も目つきもわりーし、意地っ張りだけど面倒見がよくて、気に入らないことがあったら正面切って怒鳴りつけてくるのが俺の知ってる土方で、俺が好きになった土方なんだ。あんな風につらそうな顔させたくて付き合ってんなら、お前の周りまとわり付いてる奴らと付き合えよ。そんでさっさと俺の土方を返せ。」
一気にそう言うと襟元を掴んでいた高杉の手を振り払って銀八は踵を返した。
保健室を出て行く銀八を高杉は今度は呆然と見送るしかなかった。
ぱたりと保健室の扉が閉められると、高杉はどさりとパイプ椅子へと自分の身体を落とした。
そして懐から煙草を取り出し銜えると火をつけつつ、ぼんやりと土方のことを考えた。
最初に土方を見たのは、この学校に正式に配属が決まる直前、産休で業務を休む保険医との引継ぎ作業と下見のために保健室を訪れたときだった。
すこしふっくらした女性の保険医が楽しそうに窓際で手招きをしてきた。
何事かと思い近づくと、窓の向こうの中庭で居眠りをしている生徒がいた。
春休み中で生徒はいないはずだったが、部活動をしている生徒の1人らしく、袴姿の少年だった。
艶やかな白い肌と長いまつげ、ほんのりと色づく頬とそれにかかる黒髪。
何かの絵画の題材にでもなりそうな姿に思わず息を呑んだ。
彼女がどこか楽しそうに少年について話していたが、何も耳に入ってこず、ただただその綺麗な寝顔に見入っていた。
「あ、もうすぐ来ますよ。」
そう保険医が言った次の瞬間、どこからか同じ袴姿の色素の薄い髪色をした小柄な少年が駆け寄ってきて、寝ていた少年の腹を思い切り踏みつけた。
「ってー!!」
「おそようごぜぇます。土方さん。」
「てめっ!総悟か!今俺を踏んだのは!」
「いいえ、違いまさぁ。山崎の野郎です。俺はただ親切に起こしてやろうと思っただけですぜぃ」
「嘘をつけ!嘘を!!山崎は今日休みだ!!」
「おかしいなぁ。ってことぁ生霊かぃ?生霊にまで踏みつけられるとはいいざまだぜぃ、土方死んじまえコノヤローさん」
「おい!いつもより呼び方が長くなってんぞ!?まぁいい。取り合えず踏んづけた分、一発殴らせろ。」
「え!?いたいけな美少年の顔を殴るなんて…。誰かー助けてー殺されるー!」
「やめんか!白々しいっ!!」
急に騒々しくなった中庭でのやり取りに高杉は目を丸くした。
先ほど穏やかに眠っていたときからは想像も付かぬほど、その光景は目まぐるしかった。
先ほどは閉じられていた睫の長い瞳は見開かれ、静かな寝息を立てていた口元からは大きな怒鳴り声が発せられていた。
しばらく眺めていると袴姿の大柄な少年が呆れたように近づいてきた。
そして二人の少年の頭をひっかんでこちらに向けさせると「五月蝿くしてすみません、先生方」と言いながら頭を下げさせた。
二人の少年はこちらのことになど気付いていなかったようで、しぶしぶ少年の大きな手に頭を押さえつけられながら頭を下げていた。
どこかすねたように口を尖らせている黒髪の少年の頭を大柄な少年が軽く撫ぜながら宥めていた。
その言葉に黒髪の少年は呆れたような顔を見せていたが、しばらくするとふらりと柔らかい笑みを浮かべた。
それに目を奪われた高杉は、その瞬間に目だけでなく心までも奪われていた。
(そうだ。俺はあいつの笑顔を独り占めしたくて付き合いだしたんだったな…)
心の中でそうぼやきながら高杉は口から煙草の煙を吐き出した。
高杉の頭に残る最近の土方の顔は、感じ入ってるときの泣き顔か、何かを言いかけて我慢している顔だった。
(…あいつ、いつも何を言おうとしてたんだ?…それすらわかんねぇなんて、情けねぇな。俺ぁ)
そう嘆息を吐くと、まだ少し長い煙草を灰皿に押し付けつつ、土方にメールを入れるために携帯を取り出した。
取り出すのと同時に着信が入り、舌打ちを打ちながら耳に当てた。
「もしもし?」
『おー!晋助じゃかぁ!?』
電話の相手は昔馴染みの坂本であった。
高校の頃の同級生で暇があるとしつこくキャバクラや綺麗な女たちのいる飲み屋に誘ってくる男だった。
付き合ってやると酒代を出してくれるので、高杉は坂本と共に店に入るとまとわり付く女たちを無視しながらここぞとばかりにひたすら高い酒を飲み続けていた。
ただ、酒に強い高杉とは違って、そこそこにしか飲めない坂本は歩けないほど酔っ払うことも多々あるので近場のホテルに押し込み、坂本の秘書に連絡を入れてやるのが常であった。
ただ、先日は店の女たちを連れて高杉のマンションを訪れ、散々飲んで騒ぎまくり、結局泊まって行った。
女たちも泊まりたいと五月蝿かったがさっさと帰らせ、苛立ちながら秘書に連絡をすると向こうも「すまない」と言いながら坂本に対して大層苛立っているようで、翌朝迎えに来た秘書に坂本はボコボコに殴られていた。
『この前はすまんかったのぅ』
「あぁ。二度と家に来るな。」
『はっはっはー!陸奥にも叱られたけんのぉ、しばらくはやめておくばい』
「しばらくじゃねぇ。一生くんな。で、何の用だよ。」
『おぉ、そうじゃったそうじゃった。リナちゃんがお前から連絡がこんとすねとったと伝えよう思っての』
「リナ?誰だ、そいつ。」
『この前、一緒にお前の家に行った子じゃきぃ』
「そんな女、いちいち覚えてねぇよ。」
『そうなんかー?でもリナちゃん、お前に連絡先教えた言うとったきに。』
「聞いてねぇよ。」
『マッチが入っとったろー?脱衣所のタオル置き場のとこに。』
「はぁ?そんなもんなかった…」
記憶を辿ってみてふと坂本がきた翌日に土方を家へ連れ込んだことを思い出した。
そして今から思えば風呂から出てきた土方の様子がどこか不安げにゆれていたよう気もした。
「……坂本、てめぇ、やっぱ死んでも家に来んな。今度来やがったらマジでぶっ殺す!」
そう言って通話を終わらせると急いで土方に今日の予定を尋ねるメールを入れた。

5限の授業が終わり、携帯を確認すると高杉からメールが入っていた。
今日の放課後付き合えるか?と書かれたシンプルな文面に土方は思わず胸が苦しくなった。
いつもは土方が自ら保健室へと出向いていた。
高杉から予定を聞かれて呼び出されることはまずない。
それなのに今日に限って呼び出されるなんて、きっと別れ話なのだ。
先日覚悟を決めたとはいえ、やはりその瞬間が来るのだと思うと、ショックからか携帯を持つ手が震えてきた。
こんなところで泣くわけにはいかないと土方は慌てて立ち上がると、心配そうに声をかけてくる山崎に「次、俺ふけるわ」と告げて再び屋上へと向かった。
屋上は今日も鮮やかな青空が見えていた。
そこに出て大きく深呼吸すると気持ちが落ち着き、フェンスに指を掛けながら空を見上げた。
そうしていると誰かが扉を開ける音が聞こえた。
授業中の今、ここを訪れるのは暇人の銀八くらいだろうと思い土方はそちらに顔を向けることなく呟いた。
「やっぱ別れるって言われそうだよ、先生」
「誰にだ?」
呟きに返したのは想像していた、けだるげな声ではなく、いつも耳元で自分をくすぐる低めの声だった。
思わず目を丸くして振り返ると、やはりそこに立っていたの高杉だった。
「た、かすぎ…」
「なんで俺は先生呼びじゃねぇんだよ」
呆れたようにそう言いつつ高杉は土方の隣に立った。
土方は言葉を失い、身体を強張らせて高杉の顔を見ないように顔を俯かせた。
その様子に高杉は深いため息をつき、そっと土方の頬に手を添えた。
ビクリと身体を振るわせる土方に高杉はひたすら優しく頬を撫ぜた。
その仕草に土方が不思議そうに顔を上げると愛しげに自分を見つめる高杉と目があった。
「なぁ、土方。おめー、なんか勘違いしてんだろ。」
「かん、ちがい?」
「あぁ。俺はおめーと別れる気なんざこれっぽっちもねーぞ?」
「…今は、だろ?」
土方はふいっと高杉の手から逃れるように顔を背けた。
しかし今度は抱き寄せられてかすかに煙草のにおいが香る白衣に包まれた。
「な、離せよっ!」
「…お前が何考えてそう思うのか、俺にはさっぱりわかんねぇよ。」
「え?」
「銀八になんか相談してんじゃねぇよ。これは俺とお前の問題だろ?…お前、ホントは言いたいことあんじゃねぇのか?俺に…。」
強く抱きしめられながら尋ねられ、土方は思わず涙腺が緩むのを感じた。
「…だってあんた、俺以外にも付き合ってるやついんだろ?」
「いねぇよ。そんな奴。」
「…嘘だ…っく、だってたまに香水の匂い、すんじゃん…。」
「ありゃ女好きのダチに連れられて店で朝まで飲んでるだけだ。お前が行くなって言うならもう行かねぇよ。」
「そんなの口ではなんとでも、言えんだろ…」
「じゃぁ、一緒に住めばいい。ずっとお前が家にいれば他に女がいねぇことわかんだろ?」
「…家にマッチあった」
「あぁ、らしいな。さっき電話で聞いた。この前、俺のダチと一緒に家に乗り込んできた奴の1人らしいが、顔も覚えちゃいねぇよ。」
高杉が宥めるように土方の頭を撫ぜても土方は納得できないのか顔に白衣を押し付け白衣のすそを握り締めたまま黙り込んだ。
「今すぐ信じらんねぇなら仕方がねぇ。でもこれだけは約束しろ。言いたいこと我慢なんかすんじゃねぇ。銀八にお前のこと知ったような顔された上に返せなんて言われるなんざ、腸煮えくり返る思いだ。あー、あと、近藤とベタベタすんな。なんかムカつく。それと、沖田。あれもなんか怪しいから気をつけろよ?あー、あと」
つらつらと話し出す高杉に土方は耐え切れず顔を上げて尋ねた。
「…それって嫉妬?あんたでも嫉妬とかすんの?」
「ったりめぇだろ!てめぇ、無防備すぎんだよ!昨日だって近藤に頭撫でられてとろける様な顔してたじゃねぇか。」
「してたっけ…?」
「そういうとこが無防備なんだよ。なにより銀八!あいつは前から胸糞悪い奴だが、今日という今日は許さねぇ。いいか!?絶対あいつと二人きりとかになんなよ!約束だからな!」
どこか必死な様子の高杉に土方は思わずふわりと笑った。
その顔を見た高杉が隻眼を細めて喜色を含んだ声で言った。
「その顔に一目ぼれしたんだよ、俺ぁ」
「一目ぼれ?ってあんたが?俺に?」
「そう言ってんだろ。」
「初対面の日、俺、風邪引いてたよな。」
「あれが初対面じゃねぇ。」
「じゃぁいつだよ。」
どこかムッとしながらそう尋ねてくる土方に小さく笑いながら「そのうち教えてやる」と頭を撫ぜた。
「今言えよ!気になんだろ!?」
「そうだなぁ。おめーが高校卒業してプロポーズするときにでも教えてやるよ。」
「はぁ!?ば、バカじゃねぇの!?男同士で結婚とか無理なんだよ!」
「しらねぇのか?海外ではできんだよ。変な男が寄り付く前にさっさと籍入れてやるからな。覚悟しとけや。」
そうニヤリと笑うと涙のせいで少し赤くなった目元に軽く口付けた。
土方はそんな覚悟ならいくらでもしてやるよと小さく呟くと、赤くなった顔を隠すように再び白衣へと顔を埋めて高杉に強く抱きついた。

                                          END


後日談(過去拍手から移転)

「土方くん、6時間目サボったから罰として居残りな」
「はぁ?っていうか先生、6限の担当じゃねぇだろ?」
「坂本先生から担任の俺に連絡が来たんだよ。何?また悩み事?」
「いや、それはもうよくなった」
「…ふーん。でもまぁ罰は罰だから居残りして準備室の掃除な」
「ってそれあんたが理事長に言われたことじゃねぇのか!?」
「俺片付けって苦手なんだよなぁ。だから頼むわ」
「ったく。しょうがねぇな…。」
「さっすが土方くん!」
「総悟!部活遅れるって近藤さんに言っといてくれ。」
「わかりやした!今日から俺が副将だって言っときまさぁ!!」
「ただ遅刻するって言やぁいんだよ!バカ野郎!!」
「相変わらずだねぇ、沖田くん。」
「ったく。さっさと掃除、終わらせるぞ。」
「はいはい。でも汚いからすぐには終わらないかもよ」
「なんだよそれ。1時間したら俺は部活に行くぞ」
「じゃぁ明日も手伝ってよ」
「はぁ?」
「お昼に人生相談してあげたじゃん?」
「…はぁまぁ」
「高杉とは話せた?」
「先生が高杉に何か言ってくれたんですか?」
「いんやぁ、別にぃ」
「そっか。ありがとな」
「…おい」
「あ、高杉。先生」
「無理に付け足さなくていい。っていうか、お前部活はどうした。」
「行くけど先に準備室の掃除手伝うことになって」
「…どういうことだ?」
「理事長に汚すぎるって叱られてさぁ」
「そんなこと聞いてねぇ。なんでそれを土方が手伝う事になってんだよ」
「だって6限いなかったし。その罰みたいな?」
「土方は体調不良だったんだよ。必要なら俺が証明書をくれてやる」
「いや、いらねぇわ。どっちにしろ土方くんに部屋の掃除は手伝ってもらう予定だったから」
「あ?」
「だってお昼に人生相談してあげたんだもん。な?」
「えっと、まぁ」
「それがてめぇの仕事だろうが!土方。掃除はいいからさっさと部活行け。」
「え、でも」
「っていうかお前、さっき言ったこともう忘れたのかよ!」
「さっき?…あっ!」
「何なに?」
「えっと…」
「土方にはお前と二度と2人きりになるなって言ったんだよ」
「えー、何それ。無理じゃね?だって俺、担任だよ?面談とか普通にあるし」
「それでも認めねぇ!!」
「はいはい。まぁ今日は掃除いいよ、土方くん。また今度、手伝ってくれればさ」
「だから手伝わせねぇって言ってんだろうが!?」


   END
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