相思相愛な兄弟



塩鮭と出し巻き卵、ほうれん草のおひたしに金平ゴボウとご飯と具沢山の味噌汁。
それらをテーブルに並べ終えて十四郎は一息ついた。
どれも昨晩、兄が食べたいと言っていたものだ。
時間がかかるものばかりを強請ってくる兄に、十四郎はいつも辟易しながらも、一度もその願いを覆す事なく食卓に並べている。
それを食べて喜ぶ7つ上の兄、晋助の顔をみたいがためだった。
十四郎は昔から兄が大好きだ。
子供の目に映る晋助はいつだって大人びていて、クールで男前な人間だった。
十四郎自身もあまり目つきのいいほうではないが、晋助は片方の眼を眼帯で覆っているため、余計に迫力がある。
晋助の片目は昔負った怪我のせいで視力がまったくない。
その原因を作ったのは十四郎だった。
もともと、晋助と十四郎に血のつながりはなく、両親同士の再婚によって兄弟になった。
人見知りが激しい十四郎はしばらくは新しい家族や家になじめずいた。
十四郎の母が再婚した晋助の父は大きな会社の社長で、自宅も豪邸であり使用人も数え切れないほどいたせいかもしれない。
部屋の隅でいつも小さくなっている十四郎を気遣って晋助がありとあらゆる玩具を部屋に並べた。
そんな気遣いが苦痛だった十四郎が「放っておいて!」と泣きながら投げた玩具の一つが晋助の顔に当たり、眼球を傷つけた。
それが原因で少しずつ晋助の視力が弱っていった。
父親が十四郎を責めようとしたのを、自分の過失だと必死に庇ってくれた晋助に十四郎は泣きながら謝った。
その出来事があったのが、十四郎が7歳の頃で、それ以降、十四郎は晋助にだけはよく懐いた。
自分のせいで片目を失ったのに、自分に向けられたときにだけ柔らかく緩む晋助の眼光に、十四郎は泣きたくなるぐらい安心させられ続けた。
十四郎にとって晋助以上の存在はなく、この世で一番尊敬、敬愛し、愛すべき存在だった。
いや、今でも愛すべき存在なのは変わっていない。
でも尊敬はできていない。
兄弟としての関係が変わったのは十四郎が中学に入ってからだ。
妙に兄からのスキンシップが増え、行動に制限を加えられるようになった。
昔から過保護だからなぁと十四郎は気にしていなかったが、一度、携帯を持たずに友人と遅くまで遊びに行ったら、晋助が鬼のような形相で両親以上に十四郎を怒った。
十四郎はその年頃に特有の反抗心でそのまま家を飛び出し、親友の家に転がり込んだ。
そこから学校に通おうとしたが、翌朝、当然のごとく待ち構えていた晋助に見つかり、連れ戻された。
連れ戻されたと言ってもいつも暮らしている自宅ではなく、晋助が自分用に買ったマンションだった。
その部屋のベッドに押し倒されながら、十四郎は晋助に告白された。
弟ではなく、1人の人間として愛している。
その言葉に十四郎の頭は瞬間冷凍された。
戸惑う十四郎に晋助は「自分を好きになれとは言わないから、気軽に他の男の家に泊まるな」と苦言を言いながら軽く口付けた。
納得いかないながらも頷いた十四郎を晋助は解放し、家へと連れ帰った。

それ以後、晋助からのスキンシップもなくなり、行動の制限も最低限のものとなった。
晋助が父の会社に入り、役員として働き始めると、晋助自身が忙しくなり十四郎との時間が随分減った。
そんなことが続き、十四郎はいつも傍にいたはずの晋助がいないことに一抹の不安を抱くようになる。
ちらほらと見える晋助の恋人の存在もそれに拍車をかけた。
そして十四郎の14歳の誕生日の時、家で行う誕生日パーティーを欠席すると晋助が言い出した。
恋人かという父親のからかいを曖昧に濁す晋助に十四郎は溜まりに溜まった晋助への鬱憤を爆発させた。
今思い出しても恥ずかしくて穴に入りたくなるような出来事だった。
欠席を伝え、そのまま別宅へ帰ろうとする晋助に向かって、十四郎は盛大に泣き喚きながら言った。
「晋兄の馬鹿!!俺のこと好きだって言った癖に!俺の誕生日より他の女優先すんのかよ!」
それを聞くと、晋助は十四郎に近付き、真剣な顔で涙で濡れた十四郎を覗きこみつつ尋ねた。
「十四郎は俺が好きか?」
「好きに決まってんだろ!」
「他の女に取られたくねぇぐらい好きか?」
「どんな女より!俺が一番晋兄の事好きだよ!」
大粒の涙を手で拭いながらそう怒鳴る十四郎に晋助はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「前言撤回はなしだぞ。十四郎」
「は?」
怪訝な顔で晋助を見つめなおそうとした瞬間、晋助に激しく口付けられた。
突然のことに酸欠状態になった十四郎の耳元で晋助は「お前ぇは一生俺のモンだ」と囁いた。
当時のことを思い出し、十四郎は顔を真っ赤にしながらかけていたエプロンで顔を顔を覆う。
晋助が自分のモノ発言をした後、その場にいた両親は何故か「良かったわねぇ」と祝福していた。
まるでそうなることが解っていたかのように。
(今から考えれば全て晋助の策略だったんだろうな…)
十四郎は小さくため息をついた。
告白して混乱させたのも策略なら、あっさりと手離してほったらかしにして不安にさせたのも策略なんだろう。
それがあった後、十四郎は晋助の別宅で暮らす事になり、十四郎の誕生日会もそこで二人きりでした。
それについて、もちろん両親からお小言もなにもなかった。
十四郎は策略に嵌った自分に呆れはするものの、晋助とこうなったことを後悔はしていない。
他の女より自分の方が晋助を好きだという気持ちはいまだに変わっていないし、なにより、今さら晋助を自分から手離す気はなかった。
ただ時々、手に負えないなと思うことが多々ある。
そう思いつつ壁に立てかけてある時計へと目をやると、そろそろ晋助が起きて来なければならない時間だ。
「今日も起きてこないか…」
十四郎は小さく嘆息を吐くと、兄を起こしていくべく晋助の寝室へと向かった。

***

晋助は布団から腕を伸ばし、サイドテーブルにある携帯電話を手に取った。
時刻を確認すると7時少し前。
「そろそろだな」
そう呟くと携帯電話をサイドテーブルへと戻し、布団へと潜り込んだ。
しばらくして部屋をノックする音が聞こえてくる。
「晋兄、朝だよ?」
扉の向こうから聞こえてくる愛しい弟の声に、晋助はこっそり口角を上げる。
「晋兄?」
扉を開けて十四郎は中に入ると、目を覚ましている晋助の顔を見て頬を膨らませた。
「もう、やっぱり起きてるじゃん。」
「まだ起きてねぇ」
「嘘付け。早く起きてきて朝飯食えよ。万斉が迎えに来ちまうぞ?」
「いつもの挨拶しなきゃ俺は起きねぇ」
晋助は意地でも動かないという意思表示を示しながら十四郎を見つめる。
「はぁ?もー、しょうがねぇなぁ。」
十四郎はブツブツ言いながら晋助の傍まで近付き、そっと晋助の額に口付けた。
「おはよう、晋兄」
「何でデコにすんだよ。口にしろ、口に」
不満げに晋助がそう言うと、十四郎は顔を真っ赤にしながら「どこにしたっていいだろ!」と叫んだ。
「ダメだ。口にするまで起きねぇ」
「うー」
てこでも動かない晋助に十四郎は小さく唸る。
「ほら、早くしねぇと万斉来るぞ?」
晋助の言葉に十四郎は顔を真っ赤にしたまま、軽く晋助の唇に自分のを重ねる。
しかし触れた瞬間すぐに離し、駆け足で部屋の扉へと向かう。
「これでいいだろ!?さっさと起きろ馬鹿兄貴!!」
大きな音を立てて閉じられた扉に晋助は頬を緩めた。
「ホント可愛いなぁあいつ」
ニヤニヤと笑いながらそう呟いて布団から起き上がる。
朝の挨拶はここに十四郎が引っ越してきてからの毎日の日課だった。
十四郎は自分からキスをしたり触れ合ったりはしてこないので、晋助にとってこの朝のひと時が至福の時間だ。
部屋を出て顔を洗ったあと、ダイニングへと行くと、そこには晋助が希望したとおりの朝食が並べられていた。
それに顔を綻ばせながら食卓につくと、当然のように十四郎が茶碗にご飯をよそい晋助へと手渡す。
茶碗を受け取りつつ十四郎に「朝から大変だったろ。ありがとな」と声をかけた。
十四郎はほんのり頬を赤くしながら「別に。趣味みたいなもんだし」とボソボソと返してくる。
そんな十四郎の小さなはにかみすら晋助にはたまらない物だった。
(俺の恋人は世界一可愛い!!)
晋助は心の中でそう叫びながらガッツポーズをした。
そんな晋助の心情に気付くことなく、十四郎は席につくなり黄色い容器を取り出しホカホカと湯気を出しているおかずやご飯にかけた。
十四郎は大のマヨネーズ好きだった。
通常の人間であればそれを見ただけで吐き気を催しそうな量のマヨネーズを何にでもかける。
そんな十四郎を晋助も始めは「身体に悪くないか?」と止めたりしていたが、注意すると十四郎が悲しげな顔を見せるので少しずつ言うことが少なくなり、今では「十四郎にマヨネーズってエロくていいよな!」と違った意味で賛成している。
だからマヨネーズでべとべとになった食べ物を口に入れている十四郎をニヤニヤと口角を上げつつ眺め、自分も十四郎が作った料理の数々を口に含む。
マヨネーズ好きという偏食を持つ十四郎だが、十四郎が作る料理はどれも美味しい。
まずい食べ物はたとえ高級料亭の料理であっても絶対口にしない晋助が黙って食べているので、晋助の数少ない友人たちは十四郎の料理を食べてみたいと思ってはいるが、晋助が決して食べさせない。
いい塩梅に焼けた塩鮭を箸で崩しながら晋助は目の前でマヨネーズ入りの味噌汁をすすっている十四郎に尋ねた。
「今日は何時に終わるんだ?」
「いつもと一緒」
「6時半だな」
「うん。あ、でも総悟が」
「却下」
「まだ何も言ってねぇじゃん?」
「あいつはなんか危ないからダメだ。」
総悟というのは十四郎の中学時代からの友人で高校も同じで、部活も同じ剣道部だった。
晋助は十四郎を学校に迎えに行くたびに彼の姿をみるが、可愛らしい顔立ちの割りに毒舌で十四郎によくちょっかいを出すので晋助の対十四郎用ブラックリストの上位に記載されている。
「いや、総悟とどっか行くとかじゃなくて、総悟が俺に押し付けた掃除しなきゃいけねぇらしいからちょっと遅くなるかもしんないって言いたかっただけだ」
「掃除?」
「うん。銀八の準備し」
「却下!!ありえねぇぐらいに却下だ!!」
十四郎がすべて言い切る前に晋助が叫ぶように反対した。
銀八は十四郎の担任だが、晋助の高校時代からの友人でもあった。
飛び跳ねた銀色の髪と同じように根性もひん曲がってる奴。
それが晋助の銀八に対する心情だった。
そんな銀八は高杉の弟であり恋人である十四郎をとても気に入っている。
気に入っているどころか隙あれば手を出そうとしているのが明らかだった。
そのため晋助も神経質にならざるを得ない。
十四郎自身はその原因をよく解っていないが、基本的に晋助に言われた事は守るという幼い頃からの習慣が今でも生きているので深く考えることなく「じゃ断っとく」と返した。
それに満足げに頷きながら、ふと十四郎の口元についたマヨネーズが目に入った。
「口元、ついてんぞ」
晋助がそう指摘すると十四郎が小さく「ん」と返事をしつつペロリと舌先でマヨネーズを舐め取った。
赤い舌が黄色い液体を舐め取るさまに晋助は目が奪われて固まった。
目の前で食事の手を止めた晋助に十四郎は不思議そうに自分も手を止めた。
「晋兄?」
そう声をかけられた晋助はハッとしつつ、小さく笑みを浮かべた。
そしてゆっくり立ち上がると十四郎の隣まで歩いた。
「どうした?あ、お茶か?今、入れる」
そう言って立ち上がった十四郎の腕を掴んで振り向かせると顎を掴んで持ち上げた。
「お前はホントに俺を煽るのが上手ぇな」
「はぁ?」
眉根を寄せる十四郎を無視して晋助はその赤い唇を塞いだ。
「んっ」
ほんのり酸味のある口内に舌を這わせながら制服のシャツの裾を緩めたズボンから手繰り出す。
空気を含んで隙間が開いた場所に手を差し入れ白い素肌を撫ぜる。
わき腹に触れた晋助の手の平に十四郎はビクリと身体を振るわせた。
身体を離そうとする十四郎を反対の腕で抱え込み逃がさないようにして、手の平をもっと上へと這わせる。
滑らかな素肌の中にある突起に指先が触れると晋助はそれを軽く摘む。
「んぁ」
その刺激に口付けを交わしていた十四郎の唇から鼻にかかった甘い吐息が漏れる。
「好きだろ?ここ」
「ぁん、やぁ」
強弱をつけて繰り返し摘み、ふいに先端に爪を立てる。
すると少しずつ突起が立ち上がり、十四郎の身体が快感を示しほんのり色づいてきた。
「感じやすいな、お前は」
晋助はそう耳元で囁きながら腰を抱いていた手を下へと這わせ、辛うじて引っかかっていたズボンを床に落とす。
顕になった下着の中に手を差し入れると形のいい十四郎の双丘の片方を揉んだ。
「あっ、だめ、晋兄、万斉が迎えに」
「待たせときゃいい。…お前も我慢できねぇだろ?」
そう言いながら膝を十四郎の膨らみ始めた中心へと押し当てた。
「ん、晋にぃ…」
「違ぇだろ?」
晋助がそう耳元で囁くと十四郎がそっと晋助の首に腕を回しながら熱の篭った声を漏らす。
「しんすけ」
「いい子だ」
そう耳元で告げると滑らかな双丘を滑らせていた手を前へと移し、反応を示している十四郎の物を扱いた。
「あっ…んっ、ぁしん、すけぇ、あぁ、やっ」
扱くうちに先走りで濡れ始めた指を蕾へと差し入れる。
いまだに固く閉じられた蕾に粘液を馴染ませつつゆっくりと指を進ませる。
少し身体を固くした十四郎を宥めるように胸の突起を再び弄り始める。
小さく身を震わせながら少しずつ指を咥えこむ十四郎に晋助は笑みを深める。
幾度となく晋助を受け入れているその蕾はすぐに指に馴染みもっとというように指を締め付ける。
指の本数を増やし浅く抜き差しを繰り返すと十四郎の身体が小さく動いた。
「どうした?十四郎」
晋助がそう声をかけると十四郎は「晋助ぇ…」と声を震わせながら瞳に涙を溢れさせ晋助を見つめ返した。
「なんだよ。はっきり言わなきゃわかんねぇぞ?」
「ぁ…、ん、やだ…」
「何がヤなんだよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら尋ねてくる晋助を十四郎は少しきつく睨みつけた。
「い、じわる!」
「ほー。つまりやめて欲しいんだな」
そう言って指を全て抜こうとする晋助に十四郎は思わず晋助の服を握り締め、顔を晋助の顔に押し付けながら首を振った。
そんな十四郎の耳元に唇を寄せ、そっと耳の筋を舌先でなぞりつつ晋助は語りかけた。
「ほら、言えよ。十四郎。じゃねぇとこのままだぞ?」
「…っ、もっと、奥に…」
「奥に?なんだよ」
そう言いながら差し入れていた指を勢いよく奥へと進ませ、十四郎の感じる場所をつついた。
「あぁ!やぁ!んっ、そこ、やぁ!」
「嫌なのかよ?」
「やっ!やだ…っ!もっ、と…!あぁっひぁ!…んぁぁぁっ!」
深く出し入れを続けると足に力が入らなくなったのが晋助の首に回る十四郎の腕に力がこもった。
次の瞬間、十四郎が白濁を吐き出し、晋助の寝巻きを汚した。
晋助にしがみ付きながら肩で息をしている十四郎を抱えつつ、晋助は椅子へ座ると下の寝巻きをずらして勃ち上がっている自分の物を取り出した。
そして「まだ終わりじゃねぇぞ」と声をかけ、いまだ収縮を繰り返している蕾へと自分の物を挿し入れた。
「あぁぁぁっ!」
指とは違った質量を宛がわれた十四郎は背をそらしながらその衝撃に耐えた。
「あっ…ん、はぁはぁ」
息を乱す十四郎に晋助はそっと十四郎の頬を撫ぜた。
「大丈夫か?」
「…ん、だいじょぶ」
十四郎はそう返しつつ晋助の手の平に自分の頬を摺り寄せる。
その何気ない行為にも自分への気持ちがこもっているようで晋助は思わず十四郎の唇を塞ぐ。
深く口付けるとおずおずとしながらも十四郎も舌を絡め答えてくる。
それに気をよくしながら下から突き上げる。
その刺激に驚きで目を開いた十四郎を目を細めて眺めながら、何度も突き上げた。
唇を塞がれているせいでくぐもった音が漏れる。
甘い声が聞こえないのもったいないと思った晋助は唇を離し、十四郎の腰を掴むと激しく奥をついた。
「あぁっ、んぁ…ひぁっ……あぁぁっ!」
漆黒の髪を振り乱しながら快感を受け入れる十四郎の艶かしい姿態を眺めているとテーブルに置いてあった十四郎の携帯電話が鳴った。
すぐ近くにあったそれに目をやり、その発信主を確認すると携帯電話を手に取って耳に当てた。
通話ボタンを押し、相手が話しだす前に「こっちから連絡するまで待ってろ」と言い放った。
そしてその電源を切るとテーブルに放り投げる。
晋助が中断していた動きを再開すると甘い嬌声が待ってましたとばかりに十四郎から漏れ出る。
その様子を楽しげに眺めながら晋助も自身の欲を吐き出すために十四郎を突き上げ続けた。

ようやく解放された十四郎はぐったりとリビングのソファーへと横たわる。
先ほど着ていた制服はいろんなもので汚れたため、シャワーで身体を清めた後の十四郎は予備の制服に着替えつつも、すぐに学校へ行ける状態ではなかった。
「…信じらんねぇ。なんで2回もすんだよ」
「しょうがねぇだろ。洗ってやっただけなのにエロイお前が悪い」
「なんで俺のせいなんだよ!だから風呂は1人で入りたかったのに!」
十四郎は真っ赤になりながら顔をソファーのクッションへと押し付けた。
しかし次の瞬間はっと顔を上げて時計を確認して叫んだ。
「晋兄!仕事は!?つーか万斉、今日遅くない!?」
「あー、そうだ。忘れてた。」
晋助は先ほど部屋から持ってきた自分の携帯電話を取り出した。
「万斉か?あと10分したら来い」
そう言うと再び一方的に電話を切る。
そして自分を見つめている十四郎に向けて行った。
「お前もそろそろ学校行く時間じゃねぇのか?」
「うん」
そう言ってまだ少しだるい身体を起こした。
「身体辛いんだろ?車で送ってやるからカバン持って来い。片付けは俺がやっといてやる」
「ありがと、晋兄」
十四郎は微笑みながらそう言うと着替えるために自室へと向かった。
それを見送った後、晋助はテーブルの上に並べられた朝食の残りを片付けて食器洗い機にかけた。
そうこうしているとチャイムが来客を伝える。
ドアフォンに映ったサングラス姿の男を確認し、マンションの階下にある自動扉のロックを開錠してやった。
そして玄関の鍵も開けておいてやり、再び部屋へと戻る。
するとちょうど十四郎がカバンを持ってやってきた。
「万斉来たのか?」
「あぁ。もうすぐ来る。用意できたか?」
「うん、できた」
ニコリと笑いながら頷く十四郎に再び口付けたくなる衝動を抑えつつ、そっと頭を撫でてやる。
その手の平に安心した表情を浮かべる十四郎に晋助も微笑み返した。
「おや、まだこない方が良かったでござるか?」
玄関先から急にかけられた声に十四郎はパッとそちらへと目をやった。
「あ、万斉。おはよう」
「おはようでござる。十四郎殿も乗っていくのでござろう?」
「うん。悪いな。面倒かけて」
「いや、ぬしの面倒など晋助に比べれば可愛いものでござる」
サングラスの奥の瞳を細めつつ微笑む万斉に十四郎は「そっか」と返しながら小さく笑った。
その様子を不機嫌そうに眺めつつ晋助が一言「十四郎と話すな万斉。クビにするぞ」と言いつける。
「ふむ。首になってしがらみがなくなれば十四郎殿と心置きなく話せるということでござるな」
「んなわけねぇだろ!?」
「冗談でござる。早く行かないと晋助はともかく、十四郎殿が遅刻してしまう」
「あっ!ホントだ!」
万斉の言葉に十四郎は自分の腕時計を確認して声を上げる。
そして踵を返してリビングやダイニングなどで戸締り火の元を確認して再び玄関に戻ってきた。
「行こっか。晋兄」
「あぁそうだな」
晋助は頷きつつ手を差し伸べた。
「…何この手」
「繋がねぇのか?」
晋助がそう尋ねると十四郎はしばし考えた後、そっと晋助の手に自分の手を重ねる。
手に触れた温もりに満足げな表情を浮かべつつ、晋助は十四郎の額に口付けた。
怪訝な顔をする十四郎に「行ってらっしゃいのキスだ」と言いながら笑みで返しつつ玄関を出る。
鍵をかけている晋助を見上げながら十四郎がボソリと言った。
「…どうせ車から降りるときもする癖に」
「車から降りるときはお前が行ってきますのキスすんだよ」
「えー」
「文句言うとデコじゃなく口にさせんぞ」
晋助の言葉に十四郎はピタリと口を噤んで大人しく晋助の隣を歩いた。
それでもどこか嬉しそうに晋助と手を繋ぐ十四郎を見ながら万斉は小さく笑った。
(ホント面倒なほど仲の良い二人でござるな…)

  END

後日談(過去拍手から移転)


「じゃぁ行って来るな、晋兄」
車から降りた十四郎は、そう言った後、照れくさそうに後部座席に座っている晋助の頬に口付けを落とした。
軽やかなリップ音と共に唇が離されると、晋助は足りないとでも言うように十四郎の後頭部を手で掴んで口付けを交わす。
「っん!ちょ、ふ、晋、兄ぃ」
口付けの合間に十四郎がそれを制止するように言葉を漏らすが、それすら晋助を煽る材料になっているようで、深く口付けを交わし続ける。
「はいはい。校門前で何やってるわけ?二人とも」
その言葉とともに、晋助と十四郎と口付けは中断された。
それを不満に思いつつ車からその声がした方を見やれば、教師である銀八の姿があった。
銀八は口付けのせいでぐったりとしかけている十四郎を支えつつ、唾液に濡れた口元をハンカチで拭ってやっていた。
「てっめ!銀八!十四郎に触んじゃっ…っておい!万斉!てめぇ勝手に車発進させてんじゃねぇよ!十四郎ぉぉぉ!」
その叫び声は車が走り去るのと同時に小さくなっていった。
「毎朝大変だねぇ。多串くん」
「…高杉です、先生」
「解ってるけど呼びたくないから多串くんなの。早く教室行かねぇとまた沖田くんに弄られるよ?」
銀八の言葉に十四郎は教室にいる幼馴染の顔を思い浮かべる。
意地の悪い笑みを浮かべている幼馴染が浮かび、小さくため息をついたあと教室へと向かった。


END
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