迎え人



「今年も1年、よろしく頼むな!」
あいも変わらず何故か飲み始める前から全裸の近藤の音頭に始まり、コップに一杯の酒を各自に持ち宴会が始まる。
例年であれば年末に忘年会という形で行われるこの宴会だが、ちょうど年越し間近に将軍が初日の出を見に行きたいと言い出したため、真選組はその警備のため年末は大忙しだったのだ。
将軍の初日の出見物も無事に終わり、その事後処理等がすべて終わった今日、ようやく組の打ち上げならぬ新年会をすることができた。
警備明けの隊士たちは疲れはあるものの近藤からの労いの言葉を受け、酒を酌み交わし始め、当初の決まりではコップ一杯で打ち止めのはずなのだが、そこは無礼講ということもあり羽目を外さない程度という暗黙の了解で飲み続ける。
そんな中、土方は自身のコップに注がれた酒を一口含んだだけでテーブルに置くと、それを見とがめた沖田が一升瓶片手ににじり寄ってくる。
「もう飲まねぇつもりか、土方このやろぉ」
一応上司である自分に対して敬意を払うどころか明らかに下の者に向けての口調で話しかけてくる沖田に、いつものことだとでも言うように軽く「酔ってねぇくせに絡んでくるな」と言葉を返した後、立ち上がった。
沖田がそんな土方を見上げつつ「まだ仕事ですかぃ」と尋ねて来たため、土方は嘆息混じりで「まぁな」と頷く。
「来週から近藤さんが挨拶回りで城に上がるからな。その準備だ」
「それ、別に今日じゃなくてもいいんじゃねぇんですかぃ?」
「何事に早めにやるもんなんだよ。大体てめぇは書類をいっつも溜め込み過ぎて」
土方が沖田に対する常日頃からの不満をぶつけ始めると沖田は両手で耳を塞ぎながら「あーあー」と声を発して聞こえないとでもいうしぐさをしてみせる。
それを見た土方は「まったく」と呟きながら軽く嘆息を吐き、沖田に向けて「飲みすぎるなよ」と告げて部屋を後にした。
自室へと向かう廊下の途中、進行方向から料理の追加を運ぶ山崎がやってくる。
向こうも廊下を歩く土方の姿に気づいたらしく、不思議そうに首を傾げながら「どうかされました?」と尋ねてきた。
「どうもなにも部屋に戻るんだよ」
「え?仕事ですか?」
「まぁな」
土方がそう答えると「挨拶回りの資料作りなら俺も手伝いましょうか?」と即座に言葉を返してきた。
山崎は土方直属の監察であり、それ以外でも土方の手足として雑用を手伝わせることも多いせいか、土方の仕事内容を組の中では一番理解している。
だからこそ今も土方がこれからしようと思っている仕事をすぐさま思い浮かべられるのであろうが、山崎の方から仕事の手伝いを申し出ることはそう多くない。
土方が自身の仕事のことはできるだけ全てを把握しておきたいということを山崎も知っているため、土方が山崎の手が必要だと判断するまでは口を出さないのだ。
しかし今日に限ってわざわざ手伝いを進言してきたとのも、ひとえに山崎が土方の仕事内容とその量を正確に把握しているゆえであった。
将軍の思い付きで行った初日の出見物の警護に真選組隊士たちが駆り出され、隊士たちの疲れはもちろんであるが、土方の仕事量は隊士たちとは比べ物にならない。
将軍が日の出を見やすい場所を確保し、その近辺を交通規制するために各機関と打ち合わせ、隊士を警備につかせるため騒がしくなることを考えて近隣住民にあらかじめ断りを入れるよう手配し、その上で全隊士を将軍護衛組と年末テロに備えての見回り組に編成しなおし、警備配置を決め、見物当日には自身も警護につく。
警護が終わったら終わったで交通規制に協力してもらった各機関に連絡を入れ、片付けに立ち会い問題がないかを確認し、騒がせたことについて再度、近隣住民に挨拶に行きつつ、別組が見回り中に捕縛した攘夷浪士を騙るただの酔っぱらい集団の取り調べと調書作成、捕縛した際に隊士が破損した家屋の修理費や謝罪の文書作り等々。
ただでさえ何かと忙しい年末であるのに、イレギュラーの警備業務が割り込んだせいで仕事が増え、しかもそのほとんどが土方を通過しないと処理できない類いのものであった。そのいくつかを土方の指示のもと手伝っていた山崎は土方の疲労を鑑みて手伝いを申し出たのだろう。
しかしそれを素直に受け入れる土方ではなく、ひらひらと山崎に向けて手を振ってみせながら「てめぇは大人しく下働きでもしてろ」と言い捨てて山崎とすれ違う。
土方がいったん手伝わせないと決めた以上、何を言っても無駄だと経験上知っている山崎は「あんま無理せんでくださいよ」と一言だけ言いおいて料理を手に広間へと歩いていった。
その背を見送りつつ土方は「山崎のくせに生意気なこと言いやがって」と小さく舌打ちをし、再び自室へと向けて歩き出す。
大広間から少し離れた自室の前へと到着した土方は遠いながらもここまで聞こえてくる隊士たちの騒ぎ声に軽く嘆息を吐きつつ部屋の襖を開いて足を踏み入れるが、自身の身体が全て入りきる前に部屋の中から伸びてきた手に腕を取られ、勢いよく部屋の中へと引っ張り込まれた。
力強く引かれた腕に体勢を崩した土方を引っ張り込んだ人物は難なく受け止め、そのせいで相手に抱きしめられる形になった土方は、自身の鼻に抜ける独特の香のような匂いに柳眉を寄せる。
土方が持つ記憶の中でこの香りを漂わせる人物は一人しかいない。
そしてその人物はここにいてはいけないし、いて欲しいとも思えない人物であった。

「てめぇ、この部屋でなにしてやがる」
視線を相手へと向けつつ土方は相貌を怒りへと変えながら言葉を発するが、その視線を向けられても相手は口角をあげ土方を見つめるだけで何も答えない。
「答えろ!」
語気を荒げて土方がそう言うと男は包帯に覆われて片側しかない瞳を細目ながら土方をみやり「いいのか?」と問いかけてくる。
男に問いかけているのは自分であるはずなのに、反対に尋ね返してくる相手に苛立ちながら「何がだよ!」と怒鳴りつつ、いまだに抱き締められたままだった男の腕を払った。 
「あんま大声出すとお仲間が飛んでくるぜ?」
「そしたらてめぇを捕まえて牢にぶちこんでやらぁ、高杉!」
土方の目の前にいる男は過激派とも呼ばれる凶悪なテロリスト高杉晋助であり、真選組が最重要指名手配犯として目下捜索中の男だった。
そんな男が機密情報がそこかしこに置かれている副長室に潜んでいたなど真選組の恥さらしもいいとこである。
土方は腰に携えた愛刀へと手をかけるが、それが引き抜かれる前に高杉が土方の手を包むように手を重ねて押さえ込んできた。
それに対して土方が再び怒鳴り付けようと開いた口は素早く高杉の唇によって塞がれ、刀を押さえ込んでいない方の高杉の腕が土方の腰へと回され再び抱き締められる。
抱き止められた時とは違い、今度は相手が強く抱き締めているせいか、土方がどんなに力を込めて高杉の肩口を押し退けようとしてもびくともせず、ただ貪るように深く口づけてきた。
息が上がりかけたところをようやく解放された土方は生理的に滲んだ瞳で高杉を睨み付けながら憎々しげに「てめぇ、なんのつもりだ」と言葉を告げる。
「そういきり立つんじゃねぇ。いつも言ってんだろ?てめぇが持つ情報なんざその気になりゃどうやったって手に入れられんだよ。そんなもんに欠片ほどの興味もねぇ」
高杉はそう言って隻眼を細め、ゆるりと口に笑みを浮かべると、刀を押さえていた手を離し土方の顔まで持ちあげ、人差し指の背で土方の頬を撫でながら土方をみつめつつ穏やかな口調で言葉を続ける。
「俺ぁただ、いくら待っても帰ってこねぇお前を迎えに来ただけだ」
そう言われた土方は眉根を寄せ不機嫌そうな顔をしながらも、先ほどのように怒鳴り返すことはせず高杉をみやった。
「迎えなんざ頼んでねぇし、今日は私宅に帰る気もねぇ」
土方の言葉に高杉は「そうかい。そりゃ残念だな」と笑みを浮かべ、さほど残念そうでもない声音でそう言うと、土方の頬を撫でていた指を背を腹へと変えて包み込むようにしながら力を込めると自身へと引き寄せる。
再び口づけをしようとする高杉に土方は何かを告げようとするが、口づけ一つで納得してくれるならいいかと大人しく高杉の唇を受け入れ、鯉口を切ろうとしていた手を刀から離して高杉の肩へと添え、そのまま首筋へと回した。
口内を縦横無尽に動き回る舌に翻弄され、高杉の首へと回した腕に力が入りかけたとき、首筋をチクリという痛みが走るの感じ、土方はとっさに高杉を突き飛ばすようにして互いの身体を離す。
かすかに動きに不自然さを感じつつ、痛みのあった首筋に手をやった土方が高杉へと目を向ければ、その手に小さな注射器があるのが目に入った。
「て、め、何、しやがった」
「安心しろ。単なるしびれ薬だ。あいにくお前の意見を聞く気はさらさらねぇ」
高杉はそういうと、ぐらりと身体を傾かせた土方を支えるように腰に手を回し、小さく身体を俯かせると土方を肩へとかつぎ上げる。
「せっかく来てやったんだ。今日は俺と過ごせや」
そう言って部屋に面した庭へと降りた高杉は、塀へと近づいて垂らされたロープを手にすると、人一人かつぎ上げているとは思えないほど軽やかに塀の屋根へと上がって屯所の敷地内へと身を降ろす。
そこには黒塗りの車が待機しており、高杉は土方を抱えたままその後部座席へと乗り込み、運転席にいた男に「出せ」と声をかけた。
高杉の声とともに車は静かに発進し、ハンドルを握っていた男がちらりとサングラス越しの瞳でバックミラーを見上げ、座席へと押し込まれた状態の土方へと視線を投げかける。
「結局、無理矢理つれてきたでござるか?」
男に声をかけられた高杉は土方の頭を自分の膝へと乗るように土方の体勢を直しつつ「帰らねぇとか言いやがるからな」と返事をする。
「後で怒られるでござるよ」
男があきれ混じりにそう言うと、高杉は「どうだろな」と楽しそうな声音で言い、自身の膝に乗った土方の艶やかな黒髪を指ですくい上げる。
「怒らねぇと俺は思うがな。なぁ、土方?」
高杉はそう土方へと声をかける。
身体の自由を奪うしびれ薬ではあるが、意識が朦朧とするような作用はない。
そもそも身体の自由もかすかに鈍くなったと感じる程度で完全に動きが封じられたわけでもなかった。
もし土方の体調が万全で、今日のように寝不足でも何でもなければ気力で動くことができる程度のもの。
それを十分に理解して高杉は薬を投与したのだろう。
自分の身体の状態からそれを感じ取った土方はイライラとしながら瞼を閉じるが、その瞼を高杉がそっと指の背で撫でてくる。
「目の下に隈なんざこさえやがって・・・。あんま働きすぎんじゃねぇよ、土方。お前ェが無理すっと真選組潰したくなるだろ?」
投げかけてくる内容は物騒なものを含んでいたが、高杉の声にその不穏さはなく、ただひたすら優しく労るように土方の瞼を撫で続けていた。
その声を聞いた土方は、ようやく高杉が今日ここへ来た理由を察し、不自由な口を小さく動かし「テロリストのくせに」と悪態を投げかける。
「テロリストだって恋人の心配ぐれぇはするんだよ」
高杉の言葉に土方は「誰が恋人だ」と憎まれ口を返すつもりだったが、なんとなくそれを口にすることなく沈黙だけを伝える。
そのことに高杉が小さく笑った気もしたが、土方はあえてそれを瞼を開けて確かめることはせず、疲れた身体を休めるため身体の力を抜いた。


END
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