永遠にあなたと


冬から春へと代わりかけた日差しが緩やかに差し込む図書館の片隅でカリカリとノートに文字を書き込む音が響く。
音を立てているのは近藤と沖田であり、大学受験以来の真面目な二人の姿を土方は黙って見つめ続けていたが、ふいに自分の前に座っている近藤の手の動きが止まったことに気づき顔を近藤へと寄せる。
苦手な図形問題に手が止まったらしい。
「近藤さん。この前、豆腐で実践しただろ?その応用だよ」
「ん?あぁ、そっか。えーと、こう切ってるから切り口は…」
ぶつぶつと言葉を漏らし始めた近藤に小さく微笑みを浮かべた後、ついでに近藤の隣にいる沖田を覗けば解いた問題集の採点をし終えたところらしく、その問題集を閉じて新しい問題集を探しに行こうとしていた。
「総悟」
「なんでぃ」
「ちゃんと確認したのか?」
「ノートみりゃ分かるでしょう?」
沖田の言葉通り、机の上に開かれているノートには赤いペンで正誤の印がついている。
それをちらりと確認してから土方は「そうじゃねぇ」と沖田へと視線を戻す。
「合ってるかどうかだけ見たって意味ねぇんだよ。何を間違えたか確認しろよ。迷ってその選択肢を選ばなかったのと、最初から違うと判断したのとでは復習の仕方が違ってくんだろうが」
土方は立ち上がった沖田に再び座るように促しつつノートの上に問題集を開かせる。
「自分がどうして間違えたか納得してから次に進め。今の時期に新しい問題を大量に詰め込もうとするな」
沖田は「へいへい」としぶしぶといった様子で問題集と自分のノートを見比べ始める。
それを見て土方が小さく息をついて椅子に座り直すと、こちらを見ている近藤と目が合った。
「近藤さん?どうしたんだ?」
土方の問いに近藤は「いや」と曖昧に微笑み「トシも一緒に試験受ければいいのになって思ってよ」と呟く。
近藤と沖田が必死に勉強しているのは年度明けすぐにある警察官採用試験を受験するためだ。
大学に入ってしばらくして近藤や沖田が警察に入ると言う目標を見つけた時、自然と土方にも一緒にやらないかと誘いがあった。
しかし土方は大学に入る前から決めていたことがあったため二人からの誘いを断り、その代わりに二人が無事に試験に受かるように勉強の手伝いをかって出たのだ。
そのため近藤のこの言葉も一緒に受けようという誘いではなく、一緒に受けないと決めている土方へのぼやきでしかない。
それが解っている土方はただ苦笑を返すだけに留めて近藤へと向けていた視線を自分の隣でうつ伏せになって居眠りをしている人物、高杉へと向ける。
高杉は自分が勉強をする気も近藤たちに教える気もさらさらなく、ただ土方の付き添いでここまで来ただけだ。
しかし近藤や沖田も何をする理由もなく高杉が土方に付いてここまできたことに何の疑問も挟むことはなかった。
もう見慣れてしまったからだろう。
高校3年の時、突如土方の恋人となった高杉は常に土方の傍らを独占し、それを土方自身も求めていた。
それは高校を卒業し大学に入学してからも変わらない。
入学時には二人の容姿に惹かれた女たちが周りを取り囲んだりしていたが、二人が片時も離れない恋人同士だと認識された後はそれも収まり、遠巻きながら鑑賞に徹するといった様子だ。
土方は眠る高杉の髪が呼吸に合わせて軽く揺れるのを見つめつつ、その紫紺の髪を指先でそっと触れて柔らかく微笑みを浮かべる。
近藤が握っていたシャープペンシルをノートの上へと置いて頬杖をつきながらそんな土方を見つめた。
「高杉が興す会社、手伝うんだっけ?」
「あぁ。…今度はちゃんと隣で高杉を支えたいんだ」
土方は優しく髪をすきながら高杉を見つめ続ける。
「今度は?」
近藤があげた疑問の声に土方は少し近藤へ視線を移し、それをすぐに高杉へと戻しながら「何でもないよ」と返し、高杉の髪から指を離して近藤へと向き直る。
「近藤さん。勝手に休憩とるなよ。時間、あんまねぇんだからさ」
「あ、そうだった!」
再び問題集に取りかかった近藤を土方はなんとも言えない気持ちで見つめる。
土方にとって今過ごしている日々は二回目の生を与えられたようなものだ。
一度目は江戸時代のような時代背景の世で、土方は刀を携えテロを行う攘夷浪士たちを大量に捕縛と称して斬り殺し、相手からも組織をまとめあげる人物として恨み辛みを抱かれ常に命の危険を感じる日々であった。
その世でも高杉は今のように土方の恋人であったが、高杉は世の中を壊すためにテロリストとして大きな組織を率いており、土方はそれを取り締まる組織の要職を任されていた。
互いの職業柄ゆえに二人は多くの時間を過ごすことはできず、互いには告げられない隠し事や仲間へ後ろめたさだけが増えてゆくだけの関係だった。
しかしそんな関係でありながらも、互いにそれを断ち切ることはできず、土方は高杉が先に病死した後も彼を思い続け、時代の流れで真選組が崩れるのと共に命を落とすその時まで忘れることはなかった。
そのせいか今の世でも高杉のことはもちろんのこと、過去のほとんどの出来事を土方は今の自分の幼少期よりも鮮明に思い出として胸に刻み込んでいる。
それは高杉も同様であり、それがあるからこそ互いが互いを独占し、時間を共有するよう努めることができた。
しかし過去の記憶があるのは土方や高杉、その他数人だけであり、同じく過去を生きたはずの近藤や沖田はまったくといっていいほどかつての記憶を有しておらず、それを思い出す様子すらもない。
そのことに少しの寂しさを感じつつ、どこか安堵のようなものを土方は抱いていた。
もし近藤や沖田が過去の記憶を取り戻したら、今の自分をどう思うであろうか。
最近はそれが気になって仕方がない。
かつて近藤や沖田は土方と同じように真選組に属して攘夷浪士を取り締まり、近藤は局長を、沖田は一番隊という突撃部隊の隊長を任されていた。
土方にとって近藤と沖田は田舎の道場で武士を夢見ていた頃からの戦友であり、何より近藤には喧嘩に明け暮れていた自分を救ってもらったという感謝してもしきれない恩があった。
近藤への特別な思いがあったからこそ、近藤のためにと骨身を削って学のない荒くれ者の集団を真選組という一つの組織に作り上げたのだ。
そんな土方がかつての敵であった高杉と今の人生を共にしていること、ひいては過去に思いを寄せ合っていたことを近藤に知られたらと考えたとき、土方の胸に浮かぶのは不安ばかりであった。
ちゃんと自分は後ろめたさや引け目を感じず、近藤の目を真っ直ぐ見て高杉への気持ちをはっきり告げることが出来るのだろうか。
告げたあと近藤が今のように変わらず温かい目で自分と高杉の関係を祝福してくれるのだろうか。
そんな考えばかりが土方の胸を締め付けるのだ。
もちろん、たとえ近藤に気持ちを理解されないとしても、高杉の傍を離れない覚悟はある。
それでも昔とは違った意味で幼馴染みとして大切な近藤から謗りを受けたり見放されたりするのは怖くてたまらない。
そんなことをつらつらと考えていると、不意に携帯電話の電子音が耳に入ってくる。
図書館内では携帯電話の使用が禁止されているため、土方は電源を切っているし、近藤や沖田もそのはずだ。
自分の隣にいる高杉から聞こえてくるその音に自然と図書館中の視線が集まってくるのを感じ、土方は高杉を揺り起こす。
「高杉、起きろ。電話なってる」
小さなうめき声とともに目を覚ました高杉は顔を上げて黒いジーンズから携帯電話を取り出した。
「ここは携帯禁止でさぁ。早く切らないと司書が飛んできやすぜ」
沖田の言葉に高杉は携帯電話のボタンを押して視線を集める原因となった音を止めるが、それの電源を切るという動作はせず、そのまま席を立つ。
そのことに土方が疑問を抱いて声をかけると「ちょっと出てくる。勝手に帰んなよ」と告げて席を離れ、そのまま図書館の出入り口へと歩いていった。
「珍しいなぁ。高杉がトシの傍を離れるなんて」
近藤が感嘆を込めて言うのに、土方は苦笑いを返す。
「そうでもねぇよ。最近は会社関係のこともあるから別々に動くことも多いんだ」
「ケッ。一緒に住んでること考えればそれでもベタベタしすぎでさぁ」
沖田が忌々しいとでも言いたげにそう言ったのを聞きながら、土方は高杉が行き先も告げずに自分を残していったことに若干の違和感を抱きつつも図書館でのことだからなと思い直し、たいして気に留めることなく二人に続きをするように促した。
高杉が出て行ってから2時間近く経ち、空が茜色へと染まり始めた時刻になってもいまだに高杉の姿は図書館になかった。
そろそろ近藤と沖田には自宅でゆっくりと勉強させたいと思った土方は二人に先に帰るよう告げる。
高杉が帰ってくるまで一緒に待とうかと近藤は提案したが、いつ帰ってくるか解らない高杉を待たせるわけにはいかないと土方はそれを断った。
「別に律儀に待たなくてもどうせ帰る場所は一緒なんだから携帯に連絡入れて先に帰ればいいんじゃねぇですかぃ?」
「いや、今日は高杉と一緒に実家へ顔を出す日なんだ。一人で行くと後から高杉が来にくいだろ?」
土方の言葉に二人はなるほどといった様子で納得を示す。
高校を卒業後、土方は世話になっていた兄夫婦の家を出て大学近くのマンションで高杉と同居を始めた。
ただ家を出るときの約束として、土曜の夜は兄夫妻と一緒に食事をしてそのまま泊まることになっているのだ。
最初は土方だけが家に戻っていたが、大学一年の年末年始に高杉が兄夫妻と一緒に年越しをしたことを機会に、土方の兄が高杉に週末の食事も一緒に食べようと提案し高杉が了承したため、毎週土曜は何か特別な用事がなければ二人そろって土方の家を訪れ続けている。
それでも高杉があまりに遅くなるようなら夕食の準備もあるだろうから義姉に連絡を入れなければいけないなと思いつつ、土方は図書館を出ていく近藤と沖田を見送った。
それから数十分後、ようやく高杉が図書館へと顔を出し、「悪ぃ。待たせたな」と本を読んでいた土方の元へと急ぐ様子もなく歩いてくる。
「遅ぇよ」
「だから謝ってんだろうが。為五郎さんたちも待たせてるだろうから帰るぞ」
謝罪とも思えない一言を持ち出して謝っただろうと言い切ってくる高杉に呆れつつも、いつものことだと思いながら土方は手にしていた本を返却棚へと戻して高杉の隣を歩く。
「どこ行ってたんだ?」
首を傾げて尋ねると「野暮用だ」とニヤリと笑みを返された。
その笑みをした時の高杉は何かを企んでいることが多いため土方は柳眉をかすかに寄せて高杉をみやるが、高杉はそれ以上何も言わず土方に早く帰るよう促してくるだけだった。
こういう時はどれだけ追及してもダメだろうと土方は早々に答えをもらうことを諦め嘆息をついて大人しく家路を急ぐ。
他愛もない話をしながら家へと向かい、数年前までは毎日帰っていた家の玄関扉を開けて中へと入ると、義姉が満面の笑みで出迎えてくれた。
「お帰りなさい、十四郎さん。高杉さんもいらっしゃい」
「ただいま」
「どうも」
土方は緩やかに笑みを浮かべ、高杉は軽く会釈をしながら言葉を返すと、義姉は笑みを深めながら夕飯ができるまで二階で待つよう勧めた。
手伝いを申し出た土方に義姉は笑って大丈夫と言って土方の背を押して二階へと追いやってくる。
それが義姉にしてはどこか強引さを感じさせるものであったが、普段から何か凝ったことをするときには内緒でやりたい所が義姉にはあるため、今日は何か変わった料理でも準備したのだろうと土方は苦笑しながら高杉とともに二階にある自室へと向かった。
土方が家を出た後も土方の自室はそのままの状態で残されており、扉の向こうにあるいつもと変わらない自室に、帰ってきたなと実感しつつ中へと足を踏み入れる。
すると高杉が「そこに座れ」と部屋の真ん中にある二人掛けのソファーを指し示した。
自身の部屋であるのに高杉が指示を出してきたことを怪訝に思いつつも、土方が素直に言われた場所に腰を下ろすと、その隣に高杉も腰を下ろしてきた。
二人で暮らしている自宅であればこの距離感でも問題はないが、一応兄夫妻がいるこの家では遠慮すべきじゃないかと思い、土方は高杉にすぐ傍にある一人用のクッションに移動しろと口を開きかける。
しかしその前に高杉が土方の手をとり「今度は何を悩んでる?」と唐突に問いかけてきた。
問われた意味が分からず土方は「え?」と高杉に向けて問い返すと高杉は掴んでいた土方の手を自身の手のひらに乗せて軽く握る。
「図書館で近藤と俺の会社を手伝う話したあと、なんか考えてただろ」
「・・・気のせいだろ。だいたい、お前寝てたじゃねぇか」」
「俺を誰だと思ってやがる。お前のことぐれぇ空気でわかんだよ」
握っていた手を少し持ち上げ高杉は土方の手の甲に軽く口づける。
「今は昔とは違ぇんだ。一人で悩むんじゃねぇよ」
土方は自分の手の甲に触れた柔らかい感触とほのかな温もりに、優しく背中を押される気持ちになりながら「近藤さん、記憶戻ったりしねぇのかな」と小さく言葉を漏らす。
「あいつらは全く記憶ねぇみたいだな」
「もし、戻ったとしたら、お前のこと認めてくれんのかな」
土方がそう言うのと同時に手の甲に触れていた温もりが離れていくのを感じ、土方は思わず握られていた高杉の手に力を込めて今度は自分が握り直す。
たとえ近藤に許されなくても自分は高杉を選ぶのだという意思表示のつもりだった。
それは正しく高杉へと伝わったようで唇は離されたが土方の膝の上に戻された手は高杉に握られたまま離されることはなかった。
「俺としちゃぁ近藤が思い出そうがこのままただのゴリラのままだろうがどうでもいい。俺はお前さえいれば他のことには興味ねぇからな」
高杉の言葉を土方は膝の上で握られている手を見つめながら聞く。
確かに自分もそうだ。
今の世で高杉と一緒に過ごせればそれでいい。
過去のことがあるからこそ高杉と過ごせるこの時間が愛しくて大切でたまらない。
しかし過去のことがあるからこそ、近藤や沖田のことが気にかかることも事実だ。
そんな土方の思いをよそに高杉は喉奥で小さく笑った後「てめぇはホント馬鹿だな」と土方の手を握っていない方の手で上から軽く撫でる。
理解してもらえないとは解っていてもそれを一刀両断に一蹴されたことに腹が立ち、土方は怒りを滲ませながら高杉と視線を合わすために顔を上げるが、それは言葉にならずそのまま口の中へと戻っていった。
目の前の高杉は土方をけっして馬鹿になどしておらず、ただ穏やかに微笑みを向けていただけだったからだ。
「お前ェはもっとゴリラやガキを信用しろや」
諭すような口振りの高杉に、土方はぶつけられなかった怒りを不機嫌そうな表情に宿しながら「信用してるに決まってんだろ」と不満さを言葉に乗せる。
「してねぇよ。記憶が戻ったら俺との過去をあいつらに認めてもらえねぇと思ってんだろ?」
高杉の言うとおりだったため土方が沈黙で返せば、高杉が「そんなことはあり得ねぇさ」と高杉は笑い混じり断言する。
「なんでそう言いきれるんだよ」
「今のあいつら見てみろ。お前のことすげぇ大事にしてんじゃねぇか。高校んとき、あいつらに俺とのこと祝福されたの忘れたのか?」
確かに高校の時、近藤に土方が高杉と一緒に過ごす未来を望まれてとても感動した。
それは今でも忘れていない。
しかし記憶が戻った後も近藤が同じ言葉をくれる自信はなかった。
「それとこれとは話が違うだろう?」
「同じさ。過去のことがあろうがなかろうがあいつらはお前の幸せを考えてる。それは記憶が戻ろうとかわらねぇ」
高杉はそう言って手の甲を撫でていた手を土方の頬へと移動させると、「なぁ土方」と問いかけるように声をかけながら優しく撫で始める。
「もしゴリラが過去のこと思い出したぐれぇでお前を見放すような男ならよぉ。昔の俺はなんの苦労もなくお前を真選組から奪い取れたんじゃねぇか?」
高杉の言葉に走馬燈のように過去の近藤の記憶が土方の脳裏を駆け抜けていく。
土方が命を懸けて支えようと思った男はどんな時でも懐が大きく、敵も味方も関係なしで大切にしようとする男だった。
そんな男だからこそ自分が鬼になって守っていこうと思ったのだ。
最期までは守れなかったけれど、最期の最期まで近藤は近藤らしかった。
死に行く時ですら自分の死の原因となった幕府を恨むことなく、ただひたすら残される土方のことを心配し続けていた。
当時のことを思い出した土方は感情が高ぶり溢れてくる涙を隠すように高杉の肩へと頭を預ける。
高杉はそんな土方の髪を手のひらで撫でながらさらに言葉を続ける。
「確かに俺たちは過去の記憶を持ってるしそれを大切だと思ってる。でもそれがすべてなわけじゃねぇ。昔の近藤をお前が今も大切に思ってる以上に、過去の記憶がない今の近藤もお前を大切に思ってる。そうじゃねぇのか?」
高杉の問いかけに土方は顔を埋めながらもかすかに頷きを返す。
「俺だって万が一過去の記憶がなかったとしてもまたお前ェを好きになってたと思うぜ?」
土方は黙って自身の泣き顔を隠すように高杉の肩に手を添えて強く押しつけ、そんな土方の背中を高杉はあやすように軽く叩く。
「お前ぇは昔より俺の前で泣くようになったな」
「…泣いてねぇ」
「泣きやんだら顔上げろ。やるもんがあんだよ」
「だから泣いてねぇ」
そんなやりとりをした後、土方は目の周りを少し赤く染めながら顔を上げて高杉を見やると、高杉は未だに掴んでいた土方の手を再び持ち上げた。
「なんだよ」
土方が怪訝そうにそう尋ねると高杉はにやりと笑ってジャケットのポケットに手をいれ、何かを取り出したかと思うと指一本にするりとそれを通す。
左の薬指へとはめ込まれたシルバーのリングに土方は目を見張った。
「これ…」
「婚約指輪だ。ちゃんと俺とお前のイニシャルも刻印してある。さっきはこれを引き取りに行ってたんだよ」
「・・・隠し事はしねぇ約束じゃなかったのか?」
突然のことに驚きしか表せなかった土方は一番最初に出てきた不満を述べてみた。
高杉は「サプライズは除外なんだよ」と笑みを見せて立ち上がり、指輪をはめた土方の手を引いて自分と同じように立つように促してくる。
今度は何だと不思議に思いつつ土方が立ち上がると「サプライズは一個じゃねぇ」と楽しそうに隻眼を細めた。

土方の自室を出て一階へと降りると高杉は廊下を歩いて客間へと足を進めた。
客間と廊下を繋ぐ襖の前まで来ると中に誰かがいるのを前提にして「高杉だ」と声をかける。
すると中から土方の兄である為五郎の声がして入るよう言ってきた。
そのことを尚いっそう不可解に思いつつ土方は高杉が襖を開けるのを黙って見つめ、先に中へと入った高杉の後へと続く。
中には為五郎が机に向かうようにして座っており、その為五郎に促されるまま、土方は高杉と共にその前へと腰を下ろした。
土方が座ると、目の前にいた為五郎が神妙な顔つきで話し出す。
「十四郎。夕方に高杉くんが一度家に来て、お前を伴侶にもらいたいと言われたんだが、お前もそのつもりなのか?」
尋ねられた内容に土方は一瞬、頭の中が真っ白になるが、脳裏の片隅でどこか冷静に高杉が図書館に帰ってくるのが遅かった理由を悟った。
出来上がった婚約指輪を取りに行っただけではなく、為五郎に挨拶するために家を往復していれば時間もかかるはずだ。
たとえそれが解ったとしても高杉がしたことに自分は驚けばいいのか、それとも勝手なことをされたと腹を立てればいいのか反応に困った。
それでも長年自分を育ててくれた為五郎が真剣な顔で再度尋ねてくるのに対して、半端なごまかしをしたくなかったため、まっすぐに為五郎の視線を受けて見返す。
「俺、高杉と生きたいんだ」
土方の答えに為五郎はふわりと昔と変わらない笑みを浮かべて「そうか」と頷いて見せた。
過去の自分も今の自分も、子供の頃からこの笑顔が大好きで、これを向けられてどれだけの安心をもらっただろうと土方は思わず胸を熱くさせる。
「お前は昔から人を頼ることを良しとしないところがあった。そんなお前が誰かと共に人生を生きたいと決心したこと、私は嬉しく思うよ」
その眼差しは土方に向けられているようでどこか懐かしいものを見つめるような温かさがあった。
為五郎にも過去の記憶があるのかもしれない。
そんな考えが、一瞬土方の脳裏をよぎったがそれを為五郎に問うことは一生ないだろう。
そう思いながら土方が為五郎を見つめていると、為五郎は土方に向けていた視線を高杉へと移した。
「高杉くん。この子は意地っ張りで強がりなところもあるけれど末永くよろしく頼むよ」
高杉は土方へと視線を移し小さく笑みを浮かべたあと、為五郎へと視線を戻す。
「土方は俺にとって唯一の未練で失いがたい光だ。死んだって手放せる気がしねぇよ」
為五郎は笑みを深めて再び頷くと「今日は二人のために妻がお祝い用のちらし寿司を用意しているんだ」と言葉をかけて立ち上がり、食事の用意をしてある居間へと移ろうと促してくる。
部屋を出ていく為五郎の後ろを歩きながら、土方は隣を歩く高杉に何かを告げようとするが言葉が浮かばずただ強く睨み付けた。
そんな土方に高杉はゆるりと口角を上げて笑みを浮かべ「嬉しいなら素直にそう言え」と土方の左手を握りしめてきたため、土方は「絶対いわねぇよ馬鹿!」と小声で悪態を返しながらも握られた手を離すことなく軽く握り返した。




→おまけ


夢の中の彼はいつだってどこか遠くを見つめていた。
自分は夢の中で彼のすぐ隣にいて、内心では必死に「こっちを向け。自分にしとけ」と彼に向けて訴えかけていたけれど、実際には彼に手を伸ばすことも声をかけることもない。
とても彼を恋い焦がれているのに踏み出すことすらしないのだ。
そのため、物心がついた頃にその夢を初めて見た銀八は夢の内容を不気味に思うどころか幼心に自分だと思われる男へ憤りのようなものを感じた。
今よりも随分と成長し20代後半といった年齢の自分。
その隣にいたのは艶やかな黒髪をした自分と同じ年頃の青年だった。
端正な顔と凛とした立ち姿、そこから垣間見えた儚げな存在感。
子供心にとても綺麗な彼に目を奪われた。
そう。
まるで夢の中の自分とおなじように。
だからこそ同じように夢の中にいて彼に触れられる位置にいる成長した自分が羨ましくて、何も行動を起こさない自分が憎らしかった。
だったら自分がと彼に近づこうとすると必ず目が覚めてしまう。
それが真夜中でも明け方でも変わりなく目が覚め、その日は何度寝直してももう彼の姿を見ることができない。
彼の姿を見続けるためにはなにもしない自分らしき男にならい、じっと二人を見つめ続けるしかなかったのだ。
その夢は銀八が成長するにつれて毎日みることはなくなったが、完全に見なくなるということはなく、ふと忘れた頃に現れる。
だからということでもないが、銀八の脳裏から彼の姿が消えることはなく、銀八が目を引く現実の女たちの根本に彼の見目形が強く影響していた。
付き合う女は必ずショートカットの似合う黒髪の女で、すらりとした手足に細い腰をしていたが、どんな女も夢の中の彼ほど銀八の胸を高鳴らせることはしなかった。
名前も知らない夢の中の男に恋い焦がれるなど若い内からそれでいいのだろうかと銀八自身も思ったが、心惹かれる女が現実にいないのが悪いと若干開き直って人生を送り、無事に大学を卒業し教職についた。
教鞭をとった先で、銀八は夢でしか会えない名前すら知らなかった彼の名を知ることとなる。
学年主任から渡された1年Z組のクラス名簿をざっと斜め読みしたとき、ある部分で思わず目が止まった。
土方十四郎。
初めて見る名であるはずなのに、夢で彼を見たときと同じ高鳴りが胸を打つ。
まさかと思いながら教室へと向かい、その教室の片隅に見覚えのある顔を見つけ、彼が土方十四郎なのだと確信し、柄にもなく心が震えた。
その日以降、夢では自分と彼だけでなく様々な人間が現れ、それを取り巻く世の中の動きを銀八へと見せつけてきたため、ようやくそれが自身がこの世でない違う世界の過去に経験した全てなのだと銀八は強く思い知らされる。
養い親を救うべく戦に赴き、仲間や大切な存在を失いながらも生き延び新しい暮らしを始めた頃のこと。
時を経て一人で始めた万事屋家業に少年や少女が加わったこと。
そしてなにより万事屋の面々と時おり喧嘩を交えつつも親交を深めていった警察組織真選組のこと。
夢の中の彼、土方はその組織の副長であり、よく夢で見かけた黒い軍服のような服はそこの制服だった。
真選組はテロリストを捕縛することを目的にしていたが、今では考えられないほど手荒な方法をとっていた。
銀八が生きる今の世とは違い、天人という宇宙人が闊歩する世界であっためか、バズーカや刀を使用するのは当たり前であり、血なまぐさい捕り物も多かった。
その先頭をきっていた土方はいつも瞳孔を開かせながら舞うように刀を振り抜き、多くの敵を切り捨て、その冷酷とも言える判断力と指導力で鬼と評されていた。
そんな過去の出来事を追う中、次第に銀八は不思議な気分を抱き始める。
幼い頃から何度も見たどこか遠くを見つめる土方の光景が、過去の記憶として銀八の夢に出てこないのだ。
それだけでなく、現実の土方も自分や他人に厳しく鬼のように誰かを叱りつつも、その面倒見のよさから仲間たちから慕われ、いつも周りに人が溢れておりどこか遠くを儚げに見つめる姿など想像もつかなった。
元気に幼馴染みの沖田を追いかける土方を見つめながら、あの夢は自分の思い違いなのかもしれない。
銀八はそう思い始めていた。
たとえ夢が思い違いだとしても自分の胸に宿る現実の土方への恋情は勘違いではないと断言できるほど、銀八はいつのまにか自分の生徒である土方に心惹かれていた。
こんなに誰かに気持ちを寄せるのは初めてであり、やはり夢の影響もあるのだろうかと思いつつ日々を過ごしていたある日、ある夢をみた。
それはいつものように真選組局長である近藤が思い人、妙の自宅に侵入したところを妙自身に殴られ気絶したため、それを土方が迎えにきた夢だった。
ちょうどそこを訪れていた自分も自宅へと帰る途中、土方と二人ならんで町を歩いた。
土方に思いを寄せていてもひねくれた性格ゆえにそれを素直に土方には告げられなかったため、会話はたいてい喧嘩腰で話題もそんなに広がらない。
それでも土方との会話を続けるため土方に引きずられている近藤を話題にあげる。
『ホントおたくのゴリラは懲りねぇな』
『近藤さんはゴリラじゃねぇ』
『ゴリラは人間に近い知能を持つっていうからな。そういう意味ではこいつはゴリラ以下だな。うん、やっぱゴリラじゃねぇわ』
『てめぇあんま近藤さんを侮辱すると警官侮辱罪で叩き切るぞ』
『せめてそこは逮捕するにしとけよ。まぁでも好きな奴に臆面なくぶつかる勇気はすげぇけどな』
土方への気持ちを乗せていったつもりの台詞をどう受け取ったのか、土方は静かに『そうだな』と呟いて不意に上空へと視線を向ける。
その顔に夢の中の自分も、そんな自分を見つめる銀八もその顔に釘付けになった。
愛しい誰かを思い浮かべるような顔。
でもそれはまるでこの世にいない誰かを思うように切なさを感じさせるだった。
まるでどこか遠くを見つめる表情。
長年、夢で見たのと同じ顔を過去の記憶の中で見せられた銀八はやはり思い違いではなかったかという少しの落胆と、土方にこんな顔をさせるのは誰なのだろうかという興味が胸にわくが、その答えはすぐに夢の中に出てきた。
茶店で土方と少し距離を開けて背中を向け合うように座っていると旅人姿の男が笠を被って自分の隣へと座る。
ちょうど土方と背中合わせになった男の顔をみやれば見覚えのある地味な顔立ちをした土方付きの監察、山崎だった。
どうやら土方に何か報告に来たらしい。
それを察して少し離れてやると山崎は小声で話し出す。
少し離れても山崎の言葉の端々は自分にも聞こえてくる。
しかし攘夷浪士の情報には興味はないため、ここぞとばかりに真剣な表情で山崎からの報告を聞く土方の顔を盗み見る。
じっと目をそらさず見つめていると、茶を飲もうと湯飲みを持ち上げた土方の手がかすかに動いた気がした。
それは本当に一瞬のことで気のせいかとも思えるほどの動きだった。
しかし土方を凝視していた自分には間違いなく土方が山崎の言葉に小さく動揺を示したことが解った。
いつも冷静な土方を小さいながらも動揺させた言葉。
鬼兵隊の高杉。
山崎の口からそれが出たときに土方は反応をした。
ただそれだけのことだったのに、なぜか夢の中の自分も銀八自身もそれが土方が思いを寄せる人物だと悟った。
土方が思いを寄せた"鬼兵隊の高杉”は土方にとってはある意味この世にいない誰かを思うことよりも難しい相手だったのかもしれない。
土方が所属する真選組が血眼になって捕縛しようとしているのが過激派テロリストの頭目"鬼兵隊の高杉”なのだ。
敵であるのに心惹かれたということは生半可な気持ちではないだろう。
近藤や真選組を命に代えても守ろうとしている土方ならばなおさらだ。
それを見せつけられた夢の中の自分に銀八はどこか納得してしまう。
かつて幼い頃に何度も見た夢。
どこかに思いを馳せる土方を思いつつもなにも言えず、ただ見つめていただけの自分。
土方の気持ちの重さや覚悟に気づいていたからこそ、遠くを見つめて高杉を思う土方に何もできなかったのだ。
幼い時はそれを悔やみ憤ったが、結局過去の自分と今の自分の本質はあまり変わらないのだろうなと思いつつ銀八は身支度を始める。
今日は生徒の自宅でホームパーティがあり、それに参加するよう招待状をもらっているのだ。
郵送されてきた招待状はどこにやったのだろうかと銀八は部屋の中にある机の引き出しを順番に漁る。
カタリという音を立てて木箱が引き出しの角へと当たった。
目当ての招待状ではなかったが、銀八はなんとなくそれを手にとって蓋を開ける。
中身は銀八が生まれた時のへその緒であるが、それ以外にも竹製の釘が入っており、銀八はおもむろにそれを手に取り視線の高さまで持ち上げた。
なんでもその釘は生まれたときに銀八が左手に握りしめていたもので、銀八の祖父が何かの厄除けかもしれないからと小箱にへその緒と共に保存したらしい。
中学の授業でへその緒のことを学んだときに母からそう聞いたが、その時はこれが何でどんな用途があるものか思いも寄らなかった。
しかし過去の記憶がすべて戻った今の銀八にはこれが自分にとってどれほど重くて痛い物なのかがハッキリとわかる。
これは、過去の自分が地味な監察から土方の形見分けにともらった目釘だ。
新政府との戦のため蝦夷へと渡った土方が死亡したと聞かされた数日後、人目を忍んでやってきた山崎は自身がもらった折れた土方の愛刀から目釘を外して過去の自分へと手渡した。
もらう理由がないと断った自分に山崎は『一人でも多く副長を覚えていて欲しいんです』と力なく笑う。
こんなものを渡されなくとも土方を忘れられるはずもなかったが、受け取ることで山崎の気持ちが晴れるならとそれを貰い受けたのだ。
それを現世にまで手放すことなく持ってくるなんて。
どれだけ自分は土方が好きなのだと銀八は小さく自嘲してそれを元に戻した。
そして再び送られてきた招待状を探し始める。
結局それは引き出しにはしまわれておらず、タンスの上の写真立ての前に置かれていた。
自分が受け持った生徒の卒業式の写真。
卒業式は銀八が教師である以上、毎年訪れるものではあるが、この年の卒業式は特別だった。
土方がいることはもちろんのこと、かつて自分と共に万事屋を営んでいた神楽や新八、土方の仲間だった近藤や沖田、山崎など過去に関わりを持った人々が多く在籍していたからだ。
その中でも過去の記憶を持っている人物は自分を含めて数少なかったが、それでも皆がそれぞれ自分の人生を楽しんで生きていることに銀八は満足していた。
写真の中の数人にはきっと今日これから行くホームパーティで顔を合わせることになるだろう。
銀八は変わらず元気で暴れ回るかつての生徒の様子を思い浮かべて苦笑しながら招待状を手に取る。
本来ならば、この招待状はもっと分厚くて華やかな飾り付けや凝った装丁が施されたものであるはずだが、シンプルな紙に内容が簡潔に記されたそれも彼らしい気がした。
招待状を懐に入れて家を出ると、目的地の途中にある花屋へと立ち寄る。
過去の自分も今の自分も決して言えなかった言葉を花に託そうと決めたのは招待状をもらってすぐのことだ。
花屋には花の種類を限定して花束を注文し、今日取りに行くと予約を入れてある。
店を訪れると店員が待ちかねていたというような表情で銀八を迎え入れ、大きな花束を取り出して手渡してきた。
満面の笑みを浮かべて「恋人さんへのプレゼントですか?」と尋ねてくる店員に銀八も笑みを返しながら「そんなようなところです」と料金を支払うため財布を取り出す。
「よろしければメッセージカードをサービスでおつけいたしますが?」
「いえ。この花だけで充分です」
銀八の言葉に店員はにこりと笑みを深めて「伝わるといいですね」と言いながらお釣りを渡し、銀八が店を出るのを見送る。
その視線を背中で感じつつ銀八は手の中にある花束をしげしげと見つめた。
大量な数のピンク色の胡蝶蘭。
その花言葉は"あなたを愛します”。
相手が花言葉を知っているかは解らないが、それでも銀八がこれを渡したら相手がどんな顔をするだろうかとほくそ笑みながら目的地へと急ぐ。
ホームパーティが行われているその家は二階建ての一軒家であり、玄関先から見える広い中庭からは明るい声が聞こえていた。
そのため、銀八は失礼かもしれないとも思いつつ玄関からではなくそのまま直接庭へと足を進める。
するともう何人かが集まってるらしく、その中心に笑顔で客の相手をする今日の主役がいた。
幸せそうに笑うその人物に向けて銀八は「土方」と声をかける。
それに反応した土方はそれまで話していた近藤と沖田から離れて銀八へと駆け寄ってきた。
「先生。来てくれたのか」
「あったり前でしょ。土方君の誘いに俺が乗らないわけがないじゃん。はい、これ。お祝いの花束」
銀八が花束を差し出すと笑みを浮かべて「ありがとう」とそれを受け取り、その花が何かを把握すると「ピンクの胡蝶蘭か」と苦笑を交える。
過去の土方は俳句も嗜んでいたため花にも詳しいかもしれないとは思ってはいたが、どうやら花言葉は正確に伝わったようだ。
花びらを指先で軽く触れている土方の穏やかな表情を見つめつつ、今の土方は幸せそうだなと銀八は自分も穏やかな気持ちになるのを感じる。
ここにいる土方は過去の記憶をすべて取り戻しているが、銀八と会った当初は全く過去の記憶を有していなかった。
それは土方の周りにいる友人たちもそうであったため、奇妙でも何でもないのだが、銀八はどことなく安心した。
土方が過去の記憶を有していないことではなく、土方が恋人であった高杉の記憶を有していないことにだ。
それ以外であれば、たとえば自分との記憶を思い出してくれてもそれは嬉しいことであり気にはならない。
しかし、どこか遠くを見つめて高杉に思いを馳せていた土方の姿など二度と見たくはなかった。
それでも今、銀八の目の前にいる土方に幸せそうな顔をさせているのは他の誰でもない、高杉なのだ。
「てめぇ、来たのか」
花束を抱えた土方の隣に左目を眼帯で覆った目つきの悪い青年が並ぶ。
今日のもう一人の主役である高杉だ。
高杉は土方の手の中にある銀八が渡した花束を見て大仰に顔を歪めてみせる。
「お前も懲りねぇ野郎だな。土方は俺のもんだっつってんだろうが」
「うっせぇな。俺が持参した祝いの花束なんだからなんだっていいだろうが」
「あぁ!?てめぇ、花束燃やすぞ!」
銀八に掴みかかりそうな勢いの高杉を土方は苦笑を浮かべつつ宥めていた。
銀八はここ数年で見慣れてしまった二人並んだ姿に思わず笑みがこぼれる。
土方の隣には高杉が似合う。
そう思ったのはいつからだろうか。
それを確信できたのはまだ最近になってからかもしれない。
しかし、過去の自分も心のどこかでこの二人には二人にしかわからない絆があるんじゃないかと感じていた気がする。
それを過去の自分に問いただすことはできないが、今の自分は確実に二人の絆を感じることができた。
高校3年の夏休み。
部活に来ていた土方の顔色が悪かったのが気にかかり、銀八は声をかけた。
それに対して土方は何でもないと返してきたが、ふいに窓の外へと視線を向けてどこかを見つめた。
それは夢で見たままの土方の姿で、銀八の心にもしかしてという予感をよぎらせる。
その予感は裏切られることなく、夏休み明けに高杉が銀八が勤める高校へと転校してきた。
挨拶にきた高杉に銀八が小さく『目付き悪いな』とこぼすと、『てめぇは相変わらず馬鹿げた頭してんな』と高杉が眼帯に隠れていない目を細めて言葉を返してきた。
高杉には記憶があるのだと確信を得た銀八が『土方に会うために転校してきたのか?』と尋ねれば『当たり前ぇだろ?』とニヤリと笑う。
『でも土方はお前の記憶ねぇみてぇだけど?』
『覚えてるさ、あいつは』
そう自信ありげに言い放った高杉の言葉通り、高杉が転校の挨拶をしたあと、土方はらしくないほど動揺を見せていた。
その後、土方の気持ちを瞬く間に浚っていった高杉を過去の自分も今の自分もあまり好きではない。
それでも土方のために今日は来た。
きっと土方が喜ぶであろう言葉を面と向かって伝えるために。
「土方」
銀八が呼ぶと高杉を宥めていた土方が銀八へと視線を移す。
その瞳を見つめつつ笑みを浮かべて今日のここへ来た目的でもある言葉を告げる。
「結婚、おめでとう」
土方の顔がふわりと心底嬉しそうに綻ぶのを見て、来たかいがあったと銀八も笑みを浮かべた。


END
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