新居探し



ひと月ぶりに高杉が船へと帰って来た。
少し出かけてくると江戸に行ってからというもの、高杉は鬼兵隊の面々に連絡をよこすこともなく、ずっと顔を見せなかった。
そんな高杉が顔を見せたので、万斉は呆れと安心を半々に声をかける。
「やっと帰って来たでござるな、晋助。おぬし、ここ最近ずっとどこに行っていたでござる」
「万斉…」
どこかぼんやりとした様子の高杉に万斉は思わず首を傾げ、「なんでござるか?」と尋ねる。
「俺ぁ結婚する」
突然の言葉に万斉はすぐに反応が返せなかった。
それでも高杉が言ったことをもう一度問い直すため「…は?」と何とか聞き返した。
「はっ!やべぇ。結納の日取りとか決めておくべきだった!今からもっかい帰って」
万斉が聞きなおした言葉は完全に聞き流され、高杉は踵を返そうと身体を反転しかけていた。
そんな高杉に万斉は慌てたように声をかける。
「いやいや、ちょっと待つでござる」
「なんだ」
「ぬしが結婚するのは別に構わないでござるよ」
万斉に言葉に高杉の顔が不機嫌そうに歪む。
「ったりめぇだ。なんでてめぇに許可取らなきゃいけねぇんだよ」
「拙者が気にしているのは相手でござる」
「相手?」
「確かぬしが好きなのは土方殿ではなかったか?」
万斉の問いに高杉は大きく頷き「よく知ってるな」と返す。
そんな高杉に今度は万斉が迷惑そうに顔を歪めた。
「あれだけおおっぴらに隊内でも話していれば皆が知っていることでござる。というか、土方殿のことを調べたのは拙者でござろう?」
「あぁ、そうだったな。土方の私宅までよく調べてくれた。俺と土方が結ばれた1000分の1ぐれぇはお前のおかげかもしれねぇな」
「偉そうな感じがなんとなく腹立たしいでござるが、その口ぶりからすると結婚相手は土方殿でござるか?」
「あぁ。当たり前だろ?」
胸を張るように自信たっぷりに返された言葉に万斉は深いため息をつく。
「なんだ」
「…了承してもらえたのでござるか?」
「ちゃんと確認はとってねぇが、俺を受け入れた=結婚だろう?」
「それを言ったら土方殿はかなりの人数と結婚していることになるでござるよ?」
「土方が本当に好きなのは俺だけだ。コレはちゃんと確認を取ってある」
「本当でござるか?」
そう問いながら万斉はじっと高杉を見つめる。
その眼差しにどことなく疑いを含んでいるのを感じた高杉は眉根を寄せる。
「拙者が調べたところによれば、土方殿に思いを寄せている輩はかなりの人数だったはず。その中からわざわざ晋助を選ぶとは…。土方殿も奇特な御仁でござるな」
「どういう意味だそりゃぁ!」
嘆息を吐きながらやれやれとでも言うように肩をすくめた万斉に高杉は掴みかかる。
その手を軽く払いながら万斉は高杉へと告げた。
「まぁ土方殿からの了承を得たのであれば結婚でもなんでも好きにするといい。拙者には関係ないでござる」
そういう万斉に高杉はふと思いついたように思案顔を見せる。
「どうしたでござる?」
「結納の日取り決める前に新居を探さなねぇとな」
「は?新居でござるか?」
「あぁ。新婚夫婦にゃ一戸建ての家が必要だろ?庭で犬も飼いてぇしな。子どもは2人ぐらい欲しいがしばらくは2人きりで過ごしてぇよな」
ツラツラと述べる高杉に万斉の視線は可哀想なものでも見るかのごとく、冷めた目だった。
しかし高杉はそれを気にも留めずブツブツと続ける。
「土方は仕事もあるし江戸で買ったほうがいいよな。今どき共働きは当然だしな。万斉、どっかいい場所」
「拙者は知らないでござる」
高杉の言葉を遮るように万斉が告げる。
万斉にそう言われ、高杉は再び思案顔をする。
「確かに万斉は江戸に詳しくねぇから役に立たねぇか。…銀時にでも聞くか」
そう呟くとクルリと身体を反転させて船を出て行こうとする。
先ほどと同じような状況だったが、今度は万斉は止めることなくそれを見送り深いため息をついた。



万事屋へと顔を出した高杉にビクビクとした様子で新八が茶を出す。
それを啜った後、銀時へと向き直り高杉は一言告げる。
「家を探せ」
「…はい?」
高杉の前に座った銀時は怪訝そうな顔で聞き返す。
そんな銀時に高杉は小さく舌を打ち、詳しく説明を始める。
「だから家だ。庭付きの一戸建て。値段は相場より多少高くてもいい。二階建てが望ましいな」
「あー、待て待て」
「んだよ」
「お前、ここを不動産屋と勘違いしてねぇ?なんで俺がお前の家を探さなきゃなんねぇんだよ」
「仕方ねぇだろ。万斉は江戸に詳しくねぇんだから」
「いや全然、意味わかんねぇんだけど!?」
目の前で憮然としている高杉に銀時は思わず叫ぶ。
そんな銀時の隣に座っていた神楽が不思議そうな顔を高杉に向けつつ尋ねた。
「お前、何で家なんか探してるアル?」
「新婚夫婦に新居は必須だろうが」
「新婚って誰が?」
高杉の言葉に銀時が思わず口を挟む。
「俺と土方」
当然のように返された言葉に、万事屋内は時が止まったように静寂に包まれる。
そんな空気に高杉はかすかに眉根を寄せる。
言葉をなくしていた万事屋の面々だったが、銀時や神楽が座っていたソファーの後ろに立っていた新八が恐る恐ると言うように高杉へと話し掛ける。
「あのぉ…」
「なんだ」
「土方さんってあの真選組の土方さんですか?」
「土方ってのが他にいるかどうかは知らねぇが、俺の嫁は土方十四郎だ」
「あ、やっぱり土方さんですか…」
「お前、アホじゃないアルカ?」
「か、神楽ちゃん!」
新八が止めるよりも早く、神楽が続きを口にした。
「トシちゃんがお前と結婚するはずないアル」
「あぁ?」
「トシちゃんは真選組アルよ?お前は敵アル。」
「それがどうした。それと結婚は関係ねぇだろ」
怪訝そうな顔ではっきりとそう言う高杉に、神楽は顔を顰めつつ再び何かを口にしようとしたが、それを銀時が止める。
「やめとけ神楽。こいつに常識は通じねぇんだ」
「…さすが過激派テロリストだけはあるアルな」
「こうしてみると桂さんがまともに見えますね」
「どっちにしろ碌な奴らじゃねぇよ」
そう言いながら銀時は深いため息をつく。
そして高杉に向き直って口を開く。
「…お帰りください」
「あぁ?家を探せって言ってんだろ」
「お断りだボケぇぇ!!つーかここは不動産屋じゃねぇし!大体なぁ!なんで俺がお前と土方の家を探さなきゃなんねぇんだよ!!つーか、土方とお前が結婚とか銀さん認めねぇから!!」
「あぁ!?てめぇの許可なんざ知るか!!あいつは俺が好きだった言ったんだよ!」
「おいおい!とうとう妄想ですか!?痛い痛い!痛すぎる!!誰か絆創膏持ってきてぇ!!そんでこいつの頭に貼ってあげてぇ!!」
「てめぇに頭どうこう言われたくねぇんだよ!パーな頭しやがって」
「パー!?これは天然パーマっていう立派な名前があんだよ!てめぇの中二病真っ盛りの頭と一緒にすんじゃねぇ!!」
言い争いを始めた二人に新八は小さくため息をつき神楽の肩を叩く。
神楽の方もそれを受け、頷いたあと立ち上がり、新八とともに万事屋を出て行った。


外付けの階段を下りつつ、神楽は自分の前にいる新八へと声をかける。
「トシちゃん、あいつと結婚するアルか?」
「うーん、どうかなぁ。高杉さんの言葉が丸きり嘘って可能性もない訳じゃないし…」
「壊すのが趣味なテロリストだから頭も壊れてるって意味アルか?」
「いやそこまでハッキリとは言ってないけどね」
そう話しつつ階下に下り、新八の家へと向かおうと足を進めた途端、見覚えのある人物がこちらに歩いてくるのが目に入った。
「「あ」」
声を揃えてそう発する二人に相手は怪訝そうに眉根を寄せて二人をみやった。
「なんだよ」
そう発した相手はつい先ほど新八たちの話題に上っていた人物、真選組副長土方十四郎だった。
「あ、いえ、巡回中ですか?土方さん」
新八は小さく首を振った後、笑顔を向けて相手へと話し掛ける。
「あぁ、まぁな」
「またサドガキには逃げられたアルカ?」
土方の隣にいつもいる年若い青年の姿がないのに気付いた神楽が首を傾げてそう尋ねると、土方は苦虫を潰したように顔を顰めた。
それを同意だと察した神楽は自分が気になっていたことを尋ねることにした。
「トシちゃん、包帯男と結婚するってホント?」
「包帯男?誰だそれ。つーかそれ以前に男同士で結婚はできねぇだろ」
神楽の問いに土方は眉根を寄せつつそう返す。
「でも包帯男が言ってたヨ。トシちゃんと結婚するって」
「だから包帯男って誰だよ」
「えっと、高杉さんです」
2人の会話に新八が遠慮がちに口を挟み、名を告げた途端、土方の眉間にある皺が一層深くなった。
そして常より低い声で怒りを抑えつつ尋ねる。
「…あいつが、なんだって?」
「ひぃ!」
「トシちゃんと結婚するのに必要だから家を探せって銀ちゃんに頼んでたアル」
怯える新八をよそに、神楽は土方に向けて答えた。
神楽の言葉に土方は深呼吸でもするかのごとく深いため息をついてうな垂れる。
そして2人に向き直りつつ尋ねた。
「あいつはまだいんのか?」
「たぶんまだいるアルよ。銀ちゃんと喧嘩してたから」
その言葉にも再びため息をつき、土方は歩き出した。
土方の足取りが万事屋へと向かっていることに気付いた神楽はその後へと続く。
必然的に新八も2人へと続き、先ほど降りた階段を再び上る。
玄関の引き戸を開けて中に入ると、事務所にいるであろう高杉と銀時の怒鳴り声が響いていた。
そのことに土方が不機嫌そうに眉根を寄せたのを間近え確認した新八は、ハラハラとした面持ちで家に上がって行った土方を見つめる。
そして隣にいた神楽に「大丈夫かなぁ」と小さく声をかけた。
心配そうに顔を曇らせる新八に対して、神楽の方はいたって普通な顔で返す。
「2人とも頭はヤバくても身体は丈夫そうだから心配ないアル」
「え?そんな問題なの?」
新八が呆れたようにそう返したのとほぼ同時に「いい加減にしろ!」という土方の怒鳴り声が家中に響いた。
掴み合いの喧嘩にまで発展していた高杉と銀時は、突然現れた土方に一瞬驚いた顔を見せるが、すぐに互いの胸倉を掴んだまま土方へと話し掛ける。
「土方!いい所に来た!このパーに俺たちが結婚するって言ってやってくれ!」
「土方くーん!中2病患者がなんか自分が土方に好かれてるって勘違いしてるみてぇだから、ビシッと否定してやってよ!」
2人の言葉に土方は小さくため息をついたあと口を開く。
「銀時、俺に好かれてる云々は高杉の勘違いじゃねぇから否定する気はない」
「ちょ土方!?」
「クッだから言っただろうが!土方は俺の嫁なんだよ!」
驚く銀時を嘲笑う高杉に対しても土方は声をかける。
「高杉」
「なんだよ、土方」
土方に笑みを向ける高杉に土方が一言冷たく言った。
「男同士は法律上結婚できねぇんだよ」
「なに!?」
驚いた顔で固まる高杉だったが、すぐに立ち直って土方へと駆け寄り土方の手を取る。
「心配するな土方。俺がすぐそんな法律ぶっ壊してやっからよ」
「そんなこと頼んでねぇし心配もしてねぇ」
「そんで新居の件だがな。やっぱり新婚夫婦にゃ一戸建ての家いいよな?」
「いや新居とかもいらねぇし」
「そうだ。犬も飼うだろ?あ、いや土方は猫っぽいから猫のがいいか?」
「だからいらねぇっつーの」
「子どもは2人ぐらい欲しいよな。」
「そもそも産めねぇよ」
「あぁ。解ってるぜ。やっぱしばらくは2人きりで過ごしてぇよな?」
ウキウキした様子の高杉とは対照的に、高杉に手を握られている土方は半ばうんざりしたような表情で言葉を返していた。
その様子を傍で見ていた神楽は感心したように新八へと話し掛ける。
「やっぱ頭壊れてるとちゃんと会話もできないみたいアルナ」
「…みたいだね」
そんな2人の会話を聞いていたのか、土方は深いため息をつく。
「どうした?土方。どっか不満か?」
「あー、まぁな」
「なんだ?何が不満なんだよ」
「そうだな…」
土方は神妙な顔で考える素振りを見せ、「あ」と小さく声を漏らす。
「なんだ?」
「家具」
「家具?」
「あぁ。お前、俺の家の家具を新調したばっかだろ?勿体ねぇからあれが古くなるまでは引っ越さねぇ」
「いやでも、それは新しい家に持って行けばいいだろ?」
「新居には新居に相応しい家具を選んで買うもんじゃねぇのか?」
首を傾げながらそう言う土方に高杉はハッとしたような顔を見せる。
そして大きく頷いた。
「やっぱ今度は妻であるお前が、新居に合わせた家具を選んだ方がいいよな!」
「…あー、うん、そうだな」
「それにしても俺が買ったモンをそんなに大事にしてぇなんて…。買った甲斐があるぜ。他にも何かいるか?」
「いや、たぶんねぇけど、考えてはおく」
「何にしても、しばらくはあの家で同棲生活ってことだな。万斉に言って俺の荷物をお前の家に運ばせるぞ」
「あぁ。もう勝手にしてくれ」
土方の言葉を最後まで聞くか聞かないかのうちに高杉は万事屋を出て行った。
その後姿を眺めつつ、土方は再び深いため息をついた。
「えっと、土方くん?」
遠慮がちに声をかけた銀時をちらりと見た後、土方は「邪魔したな」とだけ声をかけて部屋を出て行った。
後に残った万事屋の面々はしばらく沈黙を保つ。
そんな中、神楽がポツリと言葉を漏らす。
「トシちゃんはいろんな意味で過激派テロリストから江戸を守っているアルナ…」
その言葉に他の2人も小さく頷いた。


       END
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