君とのスケジュール



「5等大当たりー!」
歌舞伎町商店街の福引会場にてサングラスをかけたマダオこと長谷川の声が響き渡った。
「はい、銀さん。5等の手帳」
そう言いながら目の前にいる万事屋の主、坂田銀時に黒いシステム手帳を手渡した。
「いやいや、手帳ってもう7月だぜ、長谷川さん。」
「そうアル!3等の米5キロと取り替えるアル!」
「いやいや、神楽ちゃん。5等なのになんでそれより上の3等と変えようとするのさ。それはいくら長谷川さんでも無理だよ。せめて6等のティッシュペーパー3箱と代えてもらいましょう。ね、銀さん。」
「そうだな。代えてくれ、長谷川さん。」
そんな会話をする万事屋メンバーに長谷川は慌てて差し出された手帳を押し返しながら叫んだ。
「あれ!?福引ってそんな感じのものだっけ!?違うよね!?てか代えないから!!」
「ちっ!だからマダオはいつまでたってもマダオなんだよ。」
「ホント、使えないマダオアル!」
「なにそれ!?なんか俺が悪いみたいな感じになってんだけど!?」
長谷川の叫びもむなしく、万事屋メンバーは踵を返してさっさとその場を後にしていた。
万事屋へ帰る途中、新八は手持ち無沙汰に手帳を触っている銀時に尋ねた。
「銀さん、どうするんですか?それ」
「そうだなぁ。ババァにでも売りつけるか。」
「いや、ババアも手帳なんか使わなそうアルよ」
「それもそうだなぁ。手帳とか使いそうなやつっていったらー」
銀時の頭にある人物が過ぎった。
そして思わず足を止めてじっと手の中の手帳を見つめた。
「どうしたんですか?銀さん」
「銀ちゃん?」
そう尋ねる二人に銀時は踵を返して来た道を戻りながら言った。
「わりーけど、先帰っててくれ!ちょっと用を思い出した!」
それを見送りながら新八は不思議そうに首をかしげた。
「急にどうしたんだろうね、銀さん。」
「ホントに、新八は“ダメガネ”アルな」
「は?なにそれ」
「決まってるアルよ。銀ちゃんは手帳を使いそうなマヨラーのとこにでも行ったアル」
「あっ!そっか!土方さんなら使うかもね。仕事の予定とか多そうだし。」
納得したように頷いて歩き出す新八を神楽は冷めた目で見やった後、振り返って銀時が走って行った方向を見つめた。
(まぁ銀ちゃんが仕事で使うこと考えてたかどうかは知らないアルけどな)
そう心の中で呟くと少し先を歩いていた新八を追いかけた。
万事屋メンバーと別れた銀時は目的の人物を探すために江戸の中心地を駆け回っていた。
少しすると遠めに黒い隊服を着た見慣れた二人組みの後姿を発見した。
(あ!土方くんみっけ!!)
色素の薄い髪をした小柄な少年の方はしっかりと黒い隊服を身につけているが、隣に立っている漆黒の髪をした青年は、この暑さのせいか、黒い上着を脱ぎ小脇に抱えていた。
白いブラウスの上に着ていた黒いベストは身体の線がよくわかり、土方の細い腰が綺麗に浮き上がらせていた。
(なんか、エロイよ!土方くん!!)
心の中でそう叫びながら視線を上に向け、端正に整った土方の顔を見やると、沖田に何かしら言われているようで眉間に大きな皺が数本よっていた。
(おーおー、今日もご機嫌斜めのご様子ですねぇ。でもあの顔が二人きりのときは緩むんですよー。土方くんに見とれてるそこ行くお嬢さん。いいですかー。それは俺のですからねー。そう!あれは俺のこ、こ、“恋人”なんだから!)
心の中でそうはっきりと宣言すると、あまりの照れくささに頭を抱えて悶え始めた。
周りを通る通行人たちは危ない人でも見るかのごとく銀時を少し避けるように歩いていた。
しばらくして照れくささから復活した銀時はハッとして背筋を正しながら土方の姿を探した。
「あれ!?いないんですけど!?」
そう叫ぶと大きくため息をつきながらその場にしゃがみ込んだ。
「あー、せっかく見つけたのにまた走んのかよー」
「旦那?何してんですかぃ」
聞き覚えのある声にハッとして顔を上げた。
その声は思ったとおり、先ほど土方と肩を並べて歩いていた沖田だった。
「土方くんは!?」
「土方さんならなんか怒ってどっかいっちまいやしたぜ?なんか用でもあったんですかぃ?」
「大有りだよー」
「そいつぁすいやせんねぃ。あぁそういや旦那、土方さんとお付き合い始めたんですって?」
「あれ?なんで知ってんの?」
「うちには土方さんに関して鼻の効く犬がいるんでぃ」
「あぁ、ジミーね」
銀時はそう返しながら勢いをつけて立ち上がった。
それを横目で見ながら、沖田は不思議そうに尋ねた。
「にしてもなんで土方コノヤローなんかと?」
「なんで?土方くん最高じゃん?」
真顔でそう返してくる銀時に思わず頬を引きつらせながらなおも質問を続けた。
「よく喧嘩してましたよねぃ?」
「あぁ、うん!あれはじゃれあいっていうのかなぁ。にしても喧嘩友達の期間、長かったよなぁ。新八や神楽には土方くんと付き合うこと報告したら、やっとかよとか言われちまったしなぁ。あーあ、さっさと告っときゃ良かったぜ。そしたらもっと早く土方くんの彼氏になれたのに!」
「・・・あの人は極度のマヨラーですぜぃ?」
「あぁ。マヨネーズかけてるとこホント可愛いよねぇ。とろけそうな顔でさぁ」
「瞳孔開いてますし・・・」
「うん、綺麗な色の目だよねぇ。灰色っていうの?」
「口も悪いですよねぃ・・・」
「土方くん、照れ屋だもんなぁ!」
ことごとく返される言葉に沖田はうなだれつつ「もういいでさぁ」と呟いた。
そしてすぐに立ち直ると銀時に向き直って「土方さんになんの用だったんです?」と尋ねた。
「ん?あぁ、福引で手帳が当たったから土方くんと使おうと思って。」
銀時の言葉に沖田はきょとんと、幼い顔立ちをさらに幼く見せるような表情をして首をかしげた。
「土方さんと?土方さんにあげるんじゃないんですかぃ?」
「違うよー。これは二人のために使う手帳なの!」
「はぁ、というと?」
嫌な予感がしながらも沖田は普段は死んだ魚のような目を、ここぞとばかりにキラキラとさせている銀時に続きを促してみた。
「まず、週に一度はデートの予定を書き込むでしょ?そんで、それ以外にも夜に会う日を別に書き込んでー。はっ!そうじゃん!付き合った日付を毎月祝えるようにお付き合い記念日も書き込まなきゃ!あとー。誕生日は当たり前だしー。クリスマス、大晦日、バレンタインー。恋人同士のイベントごとっていっぱいあるよねー」
そう長々と嬉々とした表情で語る銀時に沖田はこれでもかというようにうんざりした顔で聞き流していた。
「そうだ!初めて記念日とかも書いたほうがいいよね!?えーっと手を繋いだのは確か先月でー、初めてキスしたのも先月だったなー。ほんで、初めての本番はこんぐはぁつ!!」
ペラペラと手帳をめくっていた銀時の頭を黒い物体がすごい勢いで真横から押しやった。
「あ、土方さん。」
沖田は自分の目の前で綺麗に決まった回し蹴りを平然と見つめながら、目の前で赤い顔をして立っている土方を見やった。
「総悟!てめぇこんなところで何やってんだ!」
顔を赤くしながらもそう怒鳴る土方に沖田は先ほどのうんざりした表情からは想像も出来ないぐらい復活し、ニヤニヤといつもの表情を浮かべながら土方に向かって言った。
「いやー、旦那がどうしてものろけ話を聞いて欲しいっていうもんですからねぇ。市民の話を聞くのも大事な仕事ですぜぃ?土方さん。」
「こいつの話なんざ市民の相談事にはいんねぇだろうが!!」
「えー。大事な恋人に対してその言い草は可哀想でさぁ。ねぇ、旦那。」
そう言って、頭を抑えつつ起き上がった銀時に普段の様子からはありえないほど爽やかな笑顔で声をかけた。
「いてて、土方くーん。照れ隠しももう少し加減してやって欲しいんですけどー?」
「照れ隠しじゃねぇよ!馬鹿やろう!!道の往来で何話してやがった!?」
「え?土方くんとの記念日の話ですけど?」
「記念日なんかねぇだろ!?」
「なに言ってんの!?俺たち恋人にとっては毎日が記念日じゃん!エブリデイアニバーサリーじゃん!?」
「わけ解んねぇんだよ!このくそ天パ!!」
「その天パが好きなくせにー」
そう言いながらツンツンと土方の頬をつつく銀時に土方は青筋を浮かべながら刀に手をかけた。
「いつも以上にイラッとするな、お前。もう斬ってもいいか?いいよな。これ」
「まぁまぁ、土方さん。民間人を切るのはまずいですぜぃ」
今にも刀を抜きそうな土方を制しながら、沖田は真顔で尋ねた。
「ところで土方さん。」
「・・・なんだよ。」
「いつから旦那のことが好きだったんですか?」
「は!?」
「え?なにそれ、俺も聞きたいんですけど」
二人からじっと見つめられた土方は一瞬固まったが、ふんっと顔を背けながら「そんなこと言う必要ねぇだろ!」と言い放った。
土方の様子に沖田は素早く銀時に何かしらを耳打ちした。
しかし土方が顔を戻したときにはそんな様子はまったく見せず、先ほどと同じように真剣な顔で土方に言い募った。
「土方さん。俺たち、こういう商売してると人の気持ちとかに疎くなりがちじゃねぇですかぃ?俺もそうなんじゃないかって最近思い始めたんでさぁ。俺自身、いまだに誰かを好きになったこととかないですしねぃ。だから恋人ができた土方さんにどんなときに旦那のこと好きになったのか聞いてみたかっただけなんですけどねぃ・・・。そうですよねぃ・・・。俺なんかに言いたくないですよね・・・。」
しんみりと殊勝な顔をしながらいう沖田に土方はうっと言葉を詰まらせて、オロオロとしはじめた。
「いや、あの、総悟?別にお前が嫌いだから言わないとかそう言うんじゃなくてだな」
「じゃ、教えてくれるんですかぃ?」
「いや、だから、そういうのは」
「あぁ。やっぱり駄目なんですねぃ・・・」
「うー・・・あーもう!初めてちゃんと名前呼ばれた時だよ!」
自棄になって土方がそう叫ぶと、沖田は先ほどまでの表情を消してこれ以上ないほどニヤリと顔をゆがめた。
それを見た土方はハッとなって思わず自分の手で口を塞いだ。
「ほーう、そうですかい。名前呼ばれたときですかぃ。いやー、土方さんもベタですねぃ」
「てめ、総悟・・・っ。だ、騙しやがったな!?」
「いい加減、学習したらどうです?土方さん。まぁそこがあんたのいい所なんでしょうけどねぃ」
肩をすくめる沖田に土方は思わず殴りかかったが、ひょいひょいと軽く避けられた。
土方からの攻撃をよけつつ、沖田はすぐ傍でにやにやと緩んだ顔をしている銀時に目を向けた。
「旦那ぁ。これ、貸し一つですぜぃ」
「へ?」
沖田に声をかけられて銀時はきょとんとした顔で沖田の方を見た。
「なに!?てめぇが言わせたのか!?」
沖田への攻撃を止めて真っ赤な顔で鬼のような形相をした土方が銀時を振り返った。
「いやいや、何言ってんの!!沖田くんが俺が言わせますから旦那は黙っててくだせぃって耳打ちしてきたんじゃん!?」
「うわ、ひでぇや旦那。俺に責任を押し付けるなんて。俺はただ、いつも世話になってる旦那に頼まれたから、したくもない演技してまで土方さんのこと嵌めたってのに・・・。すみません、土方さん。俺も騙されちゃったみたいですぜぃ・・・」
しょぼんとする沖田に土方は「よろずやー」と低い声で銀時に詰め寄った。
その背後で沖田は銀時に向かってべーっと舌を出した。
「ちょ、ちゃんと部下のこと見て!土方くん!」
「問答無用!」
刀を抜いて切りかかってくる土方を避けながら、間合いを詰めると土方の腕を取って抱き寄せた。
「あっぶないなーもう。お転婆もほどほどにしろよなー」
「なっ!てめ!離せ!!」
「はいはい。土方くんが俺に構ってる間に、沖田くん逃げちゃったよ。」
「え!?」
土方は驚いて抱きとめられたまま首を後ろに向けると沖田の姿はかけらも見当たらなかった。
「もー。ホント騙されやすいんだから。」
「ちっ!」
「そういうとこも可愛いけどねー」
そう言いながら銀時は土方の米神に軽くキスをした。
「・・・さっき、総悟となに話してたんだ?」
「ん?なに、焼きもち?」
「ちげーよ。俺のこと話してたんだろ?」
「そうそう。コレコレ。」
そう言って銀時は先ほどから手に持っていた手帳を手渡した。
「なんだこれ。手帳?」
「そう。土方くんとのラブラブ予定を書き込もうと思ってさ!」
「・・・ふん、ばかじゃねぇの」
そう悪態をつきつつも興味深そうに手帳をパラパラとめくる土方を、銀時は嬉しそうに眺めて、思わず笑みを浮かべた。


                END

BGM
水樹奈々
『ファーストカレンダー』


後日談(過去拍手から移転)

「なぁなぁ次のデートはいつにする?」
「わかんねぇな」
「非番の日とかあんだろ?」
「一応来週の木曜だが、それまでに総悟が溜まてる始末書出さなきゃ俺が代わりに書かなきゃならねぇんだよ」
「そんなの自分でやらせようよ!!」
「言ってもやらねぇんだからしょうがねぇだろ?」
「じゃぁ次の非番はー?」
「来月の17日だな」
「よっし!その日にデートしようぜ!」
「いや待て。たしかその週は近藤さんが幕府の会議に出る週だ。提出する書類とかの作成できっとその日の非番は潰れるな」
「じゃぁその代休はいつなんだよ」
「は?代休?なんだそれ」
「いやいや、休みの日に働いたらその分、違う日に休めるようなもんだろ!?」
「…そんなもんとったことねぇな…」
「ちょ!ちゃんと休めよ!お前!」
「休んでるだろ?多分」
「多分―!?ちょ、これもうゴリラに直談判すっから!」
「てめ!近藤さんに余計な事言ったら斬るぞ!!」
「余計な事だぁ!?恋人の心配を余計とか言うのかお前!!」
「余計だ!俺が好きで仕事してんだよ!近藤さんには関係ねぇ!」
「恋人とのデートは二の次かよ!!俺と仕事どっちが大事なんだ!!」
「仕事に決まってんだろうが!このクソ天パ!!」
「…そっか…。土方は俺より仕事の方が好きなんだな…」
「え?…おい、万事屋?」
「そうだよな。俺なんか天パだし、無職みてぇなもんだし、お前に好かれるような要素ぜんぜんねぇもんな…」
「ちょ別にそこまで言ってねぇだろ?」
「いや別に気ぃ遣わなくていいぜ?ホントもう俺ってば何の価値もねぇんだよなぁ…」
「そんなことねぇって!いざって時は頼りになるし、何だかんだいって俺が世話になることだって多いじゃねぇか!」
「でも、デートする気になれねぇぐらい俺のこと嫌いなんだろ?」
「嫌いとは言ってねぇだろ!?あーもう解ったよ!来週の木曜空けときゃいいんだろ!!?」
「よっしゃ!その日はデートなぁ!」
「ちょ、おま、さっきまでのへこみ具合は?」
「沖田くん直伝、押してダメなら引いてみろ作戦だ!男に二言はねぇだろ?来週の木曜は俺とデートだかんなぁ!!」
「…また騙された…」


  END
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